長時間労働と使用者の安全配慮義務(過労死、過労自殺)

1 長時間労働によるうつ病発症と安全配慮義務違反

長時間労働によりうつ病を発症し、自殺などした場合、労災決定が出されることになります。

さらに、使用者に損害賠償請求をする場合には、使用者に安全配慮義務違反が存在する必要があります。

この安全配慮義務違反については、使用者側に疾病などについての予見可能性の存在が必要となります。

そのため、長時間労働により労働者がうつ病などり患した場合、使用者側が、「うつ病にり患していることは認識できなかった」などと弁解をし、安全配慮義務違反の存在を争うことが多くあります。

実際、長時間労働があっても、安全配慮義務違反を否定した裁判例としては、東京地裁令和2年9月3日判決等があります。

しかし、多くの裁判例においては、長時間労働の認識があれば予見可能性を認めており、使用者側にうつ病のり患についての認識がないからといって安全配慮義務違反を否定することは多くはありません。

長時間労働の認識から安全配慮義務違反を認めた札幌高裁平成25年11月21日判決

例えば、札幌高裁平成25年11月21日判決は、自殺1ケ月前の時間外労働96時間の事例について以下のように述べます。

長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険性のあることは周知の事実であり,うつ病等の精神障害を発症した者に自殺念慮が出現して自殺に至ることは社会通念に照らして異常な出来事とはいえないから,長時間労働等によって労働者が精神障害を発症し自殺に至った場合において,使用者が,長時間労働等の実態を認識し,又は認識し得る限り,使用者の予見可能性に欠けるところはないというべきであって,予見可能性の対象として,うつ病等の精神障害を発症していたことの具体的認識等を要するものではないと解するのが相当である。
被控訴人病院においては,争いのない事実等(2)イのとおり,職員の出退勤時刻を管理するためにタイムカードによる打刻が用いられていた。被控訴人に代わってAに対し業務上の指揮監督を行う権限を有するCは,臨床検査技師であるから超音波検査の習得が困難であることは把握していたし,前記1(4)ウのとおり,本件自殺の1か月前(9月18日から10月17日までの期間),おおむねAとほぼ同時に退勤していた。このような事情からすると,被控訴人は,Aが時間外労働,時間外労働と同視されるべき本件自習をしていたことや,超音波検査についての習得状況などを認識し,あるいは容易に認識し得たと認められる。
これらの事実を踏まえると,被控訴人には,Aが過重な心理的負荷を蓄積することがないように,時間外労働,時間外労働と同視されるべき本件自習時間を削減したり,超音波検査による心理的負荷を軽減するための適切な措置を講じるべき注意義務があったというべきである。

このように、長時間労働によるうつ病り患及びその後の自殺などの事案については、労働時間の立証及びそれを使用者が容易に認識しえたことが安全配慮義務違反を認めさせるためのキーとなるのです。

労働時間がそれほど長時間でない場合に安全配慮義務違反を否定した奈良地裁令和4年5月31日判決

なお、安全配慮義務の前提となる予見可能性が認められるためには、ある程度以上の長時間労働が必要となります。

例えば、奈良地裁令和4年5月31日判決は、以下のとおり述べ、時間外労働30~60時間の場合、それだけでうつ病発症を予見できたとは言えないとしています。

平成26年10月から平成27年2月にかけての亡Dの時間外勤務の時間をみると、1か月当たり60時間を超える月もあったものの、30時間程度の月も見られ、亡Dがうつ病に罹患する前の6か月間において、過重な長時間業務がうつ病の発症を予見できる程度に常態化していたとまではいえない。そして、被告は、平成27年3月から同年4月にかけて、亡Dの業務量が過酷なほどに増加したことは認識していたものと認められるが、亡Dは精神科医院に通院を要するほどの心身の不調を明確に上司らに訴えたとは認められず、亡Dの業務の進捗状況にも問題がなかったこと等からすると、この頃に、上司らが亡Dの勤務態度等から精神疾患の発症を疑ってしかるべき状況にあったとは認められない。
そうすると、亡Dがうつ病に罹患したことについて、被告に国家賠償法1条1項の適用上違法と評価され、又は民法415条に当たると認められる安全配慮義務違反があったとはいえない。

長時間労働の認識可能性がなかったとして安全配慮義務違反を否定した東京地裁令和2年9月3日判決

長時間労働がなくとも、使用者側にその認識可能性がなければ、予見可能性はありませんし、安全配慮義務違反もないことになるでしょう。

東京地裁令和2年9月3日判決は、以下のとおり述べ、自己申告による労働時間等を理由に、予見可能性、ひいては安全配慮義務違反も否定しています。

「亡Bは,平成26年5月中旬以降,継続的に月80時間以上の時間外労働を行っており,同年5月下旬から同年6月下旬までにかけては,月100時間程度の時間外労働を行ったものであるが,証拠(乙8)及び弁論の全趣旨によれば,亡Bは,上記期間中,被告Y2が直接確認する勤務状況表には,始業時刻はおおむね午前9時,終業時刻はおおむね午後5時45分,遅くとも午後9時半である旨,実態と異なる記載をしていたことが認められる。このほか,証拠(乙23)及び弁論の全趣旨によれば,亡Bにおいて,被告Y2をCC欄に入れて,夜間や早朝にメールを送信することが何度かあったことが認められるが,メールの送信は,退勤後に自宅等から行うことも可能であったから,夜間や早朝にメールが送信されたことから,(被告Y2において)直ちにそうした時間帯に亡Bが出勤している事実を知り得たとはいえない。上記当時,立川支店,とりわけ亡Bが担当するH金庫関連の業務量が減少しており,本件全証拠によっても,同人の業務について,客観的に長時間の時間外労働が必要であったとは認められないことをも考慮すると,被告Y2が,亡Bの長時間労働を認識し,又は認識し得たとは認められない。」

しかし、同判決は、使用者においては自己申告ではなく客観的な手法で労働時間を把握する義務があることを軽視したものであり、妥当とは言えません。

使用者側の、長時間残業を知らなかったとの弁解を安易に認めるべきではありません。

2 新潟で労災、過労死は弁護士齋藤裕へ

病院の事務職員の過労死についての記事
公立学校の教員の過労死についての記事
月の時間外労働76時間程度で過労死を認めた事案についての記事
飲食店職員の過労死についての記事
ルート営業従事者の過労死についての記事

もご参照ください。
労災や過労死でお悩みの方は、弁護士齋藤裕(新潟県弁護士会所属)にお気軽にご相談ください。

さいとうゆたか法律事務所トップはこちらです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です