労働時間を把握する義務と安全配慮義務違反(過労死、労働災害)

さいとうゆたか弁護士

1 労働時間を把握する義務

過労死を防止する第一歩は、労働時間などの労働実態を把握することです。

これがなされないと対策のうちようがありません。

勤務実態を把握する義務を果たさないことが安全配慮義務違反とされた裁判例1

神戸地裁平成25年6月12日判決は、そのような労働実態把握の必要性を直視し、以下のとおり、比較的具体的に使用者としてどのようにして労働実態を把握すべきか示しています。

平成17年ないし平成18年当時,Dの労働時間は長時間に及んでいたところ,Dの直属の上司であったKは・・・Dの時間管理表(申請書)の記載が実態と異なることを認識し,また,Dが長時間の所定外労働を行っていると聞いていたというのであり,さらに,認定事実によれば,平成17年10月末ころには,Dの様子がおかしいことをOから聞いていたというのであるから,Dや検査プロジェクト室の他の従業員から勤務実態について聴き取りを行う,Dが送信したメールの送信時刻を確認する,Dのパソコンのログ記録を確認するなどの方法によって,Dの勤務実態を把握し,前記2(1)のとおり長時間にわたっていたDの労働時間を短縮するための措置を講ずべき義務があったというべきである。
平成17年ないし平成18年当時,Dは,大きな心理的負荷を伴う検査員確保業務や中期計画等策定業務に従事していたところ,Kには,Dの検査員確保等に関するメールが適宜届いていたこと,検査プロジェクト会議の席上で検査員の調整がなされることもあったこと,Dから協力会社への検査員確保の要請を求められることもあったこと(認定事実)から,Dらからの聴き取り等によってDの検査員確保業務の実態を把握し,その負担を適切に調整すべき義務があったというべきであり,中期計画等の策定についても,当初のDの方針と異なる方針に基づく策定を指示した(認定事実)のであるから,Dからの聴き取り等によってその進捗状況を把握し,適切な助言をすべき義務があったというべきである。
このように、裁判所は、使用者には、メールの送信時間やパソコンのログ記録を確認するなどして過重労働について確認すべき義務があったとしました。

その上で、同判決は、以下のとおり述べ、かかる義務は果たされていないとしました。

しかるに,Kは,Dの勤務実態や業務の詳細について把握する措置を取ることなく,漫然と「早く帰れよ。」「土日は休みなさい。」などと言うのみで,検査員確保業務について積極的に助言をしたり負荷軽減措置を取ったりすることはなく,中期計画等の策定についても,Dに進捗状況を問いかけることをせず,本件自殺の後に初めて中期計画が策定されていないことを知ったというのであり,OからDの様子がおかしいと聞いた際にも,Dに対し「大丈夫か。」と声をかけたのみで,それ以上の対応をしなかった(認定事実)というのであるから,前記各義務を果たしていたとは認められない。

早く帰るように指示していたという主張は過労死の事件で使用者側からよく出されるものですが、大量の仕事をかかえている労働者にそのようなことを言っても気休めにもなりません。

きちんと労働実態を把握し、負担を軽減する措置をとらない限り安全配慮義務を尽くしたことにはなりません。

同判決は、過労死裁判において使用者が果たすべき義務について明確に示しており、今後他の裁判所においても参考にすべきものと考えます。

勤務実態を把握する義務を果たさないことが安全配慮義務違反とされた裁判例2

富山地裁令和5年7月5日判決は、公立学校教員が過重労働によるクモ膜下出血で死亡した事案について、学校側に勤務実態を把握する義務違反があったとしました。

同判決は、教務部の作成する教科担当の週当たりの持ち時間数の一覧表、本件中学校における部活動時間の取り決めや特殊勤務実績簿等、各種連絡文書によって、校長において、勤務実態をある程度認識しうるとしました。その上で、校長は、当該教員「が量的にも質的にも過重な業務に従事しており、心身の健康を損ねるおそれがあることを客観的に認識し得たといえるから、その業務の遂行状況や労働時間等を把握し、必要に応じてこれを是正すべき義務を負っていたものと認められる。」としています。

なお、学校側は、当該教員の発症前に欠勤等はなく、健康状態の不安に関する申告等もなかったことから、校長は、本件発症を具体的に予見することはできなかった旨主張しました。

しかし、裁判所は、校長において、当該教員が量的にも質的にも過重な業務に従事していることを認識し得たものであり、過重な長時間に及ぶ労働が労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは広く知られていることに照らせば、当該教員の心身の健康が損なわれるおそれがあることは予見可能であったといえるから、本件発症そのものを具体的に予見していなかったとしても義務を免れるものではないとしています。

裁判所は、過重労働が明らかなケースでは、管理職において具体的な症状を認識しなかったからといって予見可能性を否定しない傾向にあります。

安全配慮義務違反を否定した事例

他方、熊本地裁令和3年7月21日判決は、PCのログ、ICカードの履歴によって労働時間を把握する体制を構築していなかったことは安全配慮義務違反とならないとしています。

同判決は、会社の代表取締役及び労務担当取締役は、労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っているとします。

しかし、同判決は、具体的な事案において、労働時間管理についての義務違反は認められないとしました。

この事案では、自己申告による労働時間把握をベースとしつつ、

・従業員は各部室店に置かれた時間外管理表に退行時刻を記入し、各部室店の課長代理以上の役席者が従業員の退行時刻を確認して捺印した上、所属長が時間外管理表の記載と時間外管理システム上で申請・報告された時間が整合することを確認する

・各部室店の最終退行者は退行点検引継簿にも最終退行時刻を記載し、所属長は同記載と時間外管理システム上で申請・報告された時間が整合することを確認する

とされていました。

このように、PCログの確認等以外に、客観的な労働条件把握システムが採用されていたことから、安全配慮義務違反が否定されました。

名目的取締役と安全配慮義務違反

なお、名目的取締役だからといってただちに安全配慮義務違反が否定されるわけではありません。

東京高裁令和4年3月10日判決は、経営に関与しておらず、役員報酬もらっていない名目的取締役についても安全配慮義務は減免されないとの判断を示しています。

むしろ、同判決は、「代表取締役の業務執行は代表取締役として一般に要求されている水準の善良な管理者の注意を尽くして行われるべきであって、多忙や別の仕事への従事又は他の者に任せていた等の個人的な事情によって直ちに注意義務が軽減されるものではない」とした上、まったく被害者の労働時間を把握していなかったことは悪意・重過失を裏付ける事情となるとまで指摘しているところです。

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病院の事務職員の過労死についての記事
公立学校の教員の過労死についての記事
月の時間外労働76時間程度で過労死を認めた事案についての記事
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ルート営業従事者の過労死についての記事

もご参照ください。
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