交通事故による死亡時の逸失利益について(新潟の弁護士が解説)

交通事故

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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目次

1 死亡交通事故の逸失利益

2 死亡交通事故の逸失利益算定における基礎収入額

3 死亡交通事故の逸失利益と生活費控除

4 死亡交通事故の逸失利益の就労可能年数

5 死亡交通事故の逸失利益の中間利息控除

6 死亡交通事故の逸失利益と退職金

7 死亡交通事故の逸失利益と定期金賠償

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1 死亡交通事故の逸失利益

交通事故で死亡した場合、労働能力が失われたことを理由として逸失利益の賠償が認められることがあります。

この逸失利益は、基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数という計算で導かれます。

2 死亡交通事故の逸失利益算定における基礎収入額

通常の基礎収入額の算定

基礎収入額は、現実の年収額が基礎となります。

しかし、30歳未満の若者については、全年齢平均の賃金センサス(統計)に基づいて基礎収入を算定します。

会社役員については報酬のうち全部分が労務の対価とは言えず、利益配当といえる部分も含まれる場合があります。

ですから逸失利益の基礎となるのは労務対価部分だけです。

将来の昇給と基礎収入額

将来の昇給については、公務員など、昇給が確実な場合には考慮されることがありえます。

札幌地裁令和6年2月6日判決は、公務員について、「普通地方公共団体の行政職員という職務の性質に加え、被災者の従前の昇給の経過からしてその勤務成績が良好であったと評価できることに照らすと、被災者死亡当時、被告において被災者と同等又はより上位にあった行政職員の給与の平均額である738万1574円を被災者の基礎収入とすることは合理的であり、相当と認められる」としているところです。

定年後の基礎収入額

定年から67歳になるまでの間について、現在の収入より低い金額を基礎収入額とすることはありえます。

他方、退職金が減額することなどを加味して定年後についても基礎収入の減額をしない裁判例もあります(札幌地裁令和6年2月6日判決)。

家事従事者、学生、無職者と基礎収入額

家事従事者については賃金センサスをもとに基礎収入が算定されることになります。

1人暮らしの場合には家事従事者とは認められないことに注意が必要です。

学生などについては賃金センサスをもとに基礎収入が算定されることになります。

無職の高齢者については、年金収入が逸失利益とされる場合があります。

3 死亡交通事故の逸失利益と生活費控除

生活費控除とは、生きていれば生活費がかかったはずであるところ、死亡したためにそれがかからなくなったとして、損害額から一定割合を控除するものです。

後遺障害などに基づく逸失利益の賠償請求の場合には基本的には生活費控除はされず、死亡した場合の逸失利益特有の処理と言えます。

公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部「民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準 上巻(基準編)2018」159ページ以下によると、一家の支柱については被扶養者1人なら40パーセント、被扶養者2人以上の場合30パーセント、それ以外の女性は30パーセント、男性は50パーセントとされています。

ただし、成人に近い子どもがいる場合、扶養される期間が長くないとして、生活費控除率が高くされる場合もあります。

年金については生活費控除率が高くなる傾向があります。

4 死亡交通事故の逸失利益と就労可能年数

就労可能年数は、通常は67歳までとされます。

67歳を超えて就労している人については、平均余命までの年数の半分就労しえたものと考えます。参照:平均余命までの年数の半分の期間について逸失利益を認めた判決

しかし、これは実際の就労状況や職種によって異なる可能性があります。

なお、年金の場合は、死亡時まで受給できたはずなので、平均余命までの年数で計算することになります。

5 死亡交通事故の逸失利益と中間利息控除

ライプニッツ係数による処理は、将来受け取るべき賠償額を現時点で受け取ることによる被害者側の利益(加害者側の損失)を年利3パーセントにより調整をするものです。

これは中間利息控除と言います。

6 死亡交通事故の逸失利益と退職金の取扱い

被害者が死亡したことにより、勤務先から受給する退職金額が定年まで勤務した場合より減る可能性があり、その場合にはその差額について逸失利益として請求できる可能性があります。

具体的には、(定年時に受給すべき退職金から中間利息控除をしたもの)−(支払済の退職金)となります。

定年時に受給すべき退職金から中間利息控除をするため、(定年時に受給すべき退職金から中間利息控除をしたもの)−(支払済の退職金)がマイナスとなることもありえます。

このマイナスについて、他の損害項目から控除すべきかが問題となります。

この点、高松高裁平成30年1月25日判決は、退職金についての逸失利益と給与逸失利益などの損害項目には同質性がないため、マイナスについて他の損害項目から控除すべきではないとしています。

なお、被害者が若年である場合、退職金の逸失利益が認められない可能性があります。

名古屋地裁令和3年10月15日判決は、「消防職の平均勤続年は18.9年であり,一方,消防職給料表にみられる消防職の職員構成は,1級から3級の平均勤続年が13.6年未満の層と4級から8級の平均勤続年が30年前後の層とに二極化していると認められる。これらによれば,本件事故当時24歳であった亡Aが定年まで勤め,定年退職金を受領する高度の蓋然性は認められない。したがって,原告らが主張する退職金は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。」として、定年まで勤務する蓋然性が高くないことを理由に、24歳の被害者について、定年時支給の退職金にかかる逸失利益を否定しています。

他方、松山地裁令和3年6月4日判決は、20歳の被害者について、「①20代後半から30代前半の職員が退職者の4割を占めていること(乙10),②愛媛県警における平成25年から平成31年度に退職した女性警察官の勤続年数が3.47年であること(乙19),③愛媛県警において平成10年から平成15年までに採用された女性警察官の退職率は平均すると35.8%もあること(乙19)などからすれば,定年退職時までの就労継続の蓋然性は認められない」との被告の主張にもかかわらず、定年時支給退職金についての逸失利益を認めています。

裁判所の判断も一貫性があるとは思われず、とりあえず定年時退職金について逸失利益の請求をするという姿勢で行くべきかと思います。

7 死亡時の逸失利益と定期金賠償

交通事故の損害賠償において、将来介護費のように、症状固定後に継続的に発生し続ける損害については、一括払いとしてしまうと、中間利息控除をされて金額が低くなってしまう、想定より長生きした場合にもやはり本来もらうべき金額より安くなってしまうという問題があります。

そこで、将来介護費などについては、将来にわたり定期的に一定額を支払うという定期金賠償が認められる可能性があります。

この点、逸失利益も、将来の稼動能力に対応した損害であり、定期金賠償が認められないかどうか問題となります。

札幌高裁平成30年6月29日判決は、以下のとおり述べ、後遺障害の逸失利益については定期金賠償を容認しています。

「将来介護費用については,定期金賠償の方法が問題なく認められるところ,将来介護費用と後遺障害逸失利益とを比較した場合,両者は,事故発生時にその損害が一定の内容のものとして発生しているという点に加えて,請求権の具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような損害であるという点においても共通している(この点において慰謝料などとは本質的に異なっている。)。後遺障害逸失利益の上記の性質を考慮すると,後遺障害逸失利益についても定期金賠償の対象になり得るものと解され,定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えについて規定する民訴法117条も,その立法趣旨及び立法経過などに照らして,後遺障害逸失利益について定期金賠償が命じられる可能性があることを当然の前提としているものと解すべきである。」

他方、名古屋地裁平成26年8月21日判決は、以下のとおり述べ、死亡時の逸失利益について定期金賠償は認められないとしています。

「民事訴訟法上,定期金賠償による判決を行いうることは予定されている(民事訴訟法117条参照)ところであるが,これは介護費用等のように,将来,被害者に具体的に生じる損害を前提としたものと解される。そもそもAの死亡に伴う損害は,Aの死亡時に既に具体化していると観念されるのであり,その額も確定していると解され,将来において具体化するものでも将来の事情によりその額が変動するものでもない。
この点,死亡逸失利益が将来において回帰的に現実化していくものであると考えて定期金賠償になじむとする見解は,その前提において妥当でない。
また,定期金賠償方式によれば中間利息を控除する必要がなく実勢利率と法定利率の乖離の問題を解消できるとするが,これは中間利息の控除率の問題であって,その点は既に被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければならないというべきである(最高裁第3小法廷判決平成17年6月14日民集59巻5号983頁)とされているところであり,定期金賠償方式によって解消すべき問題でもない。
したがって,Aの死亡逸失利益について,原告らの主張するような定期金賠償を命じることは相当でない。」

このように死亡時の逸失利益については認められない可能性が高いように思われます。

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