執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
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目次
1 パワーハラスメントの定義
1 パワーハラスメントの定義
パワーハラスメントについて規定する労働施策総合推進法は、パワーハラスメントについて以下のとおり規定します。
(雇用管理上の措置等) 第30条の2 事業主は、職場において⾏われる優越的な関係を背景とした⾔動であって、業務上必要 かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、 当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要 な措置を講じなければならない。
ここからは、法律上、パワーハラスメントとは、
ⅰ 職場における優越的な関係を背景とした言動であること
ⅱ 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
ⅲ 労働者の就業環境が害されること
の要件を満たすものであることを言うことが明らかです。
同法上のパワーハラスメントに該当するとただちに損害賠償責任が生ずるわけではありませんが、同法上のパワーハラスメントに該当すると損害賠償責任が認められやすいとはいえるでしょう。
例えば、「お前は病気である」という発言は、文脈次第では、ⅰ、ⅱ、ⅲのすべてを満たす可能性、パワーハラスメントに該当する可能性があると言えるでしょう。
また、パワハラについて、使用者は相談や対応体制の整備などを行わなければなりません。
そのような言動があったにも関わらず、会社として相談にも対応せず、あるいは善後策も講じない場合、会社として損害賠償責任を負う可能性が高くとなると考えます。
2 いじめ、パワハラによるうつ病罹患と労災
いじめやパワハラで心理的負荷が高いと評価される場合、うつ病のり患などが労災として認定される可能性があります。
しかし、実際には、労基署は、長時間労働によるうつ病などは比較的認める傾向にありますが(それでも不十分です)、いじめやパワハラによるうつ病等については中々労災認定をしない傾向にあります。
よって、いじめやパワハラによるうつ病について労災を認めてもらうためには裁判を起こす必要がある場合が結構あります。
実際、裁判で労災が認められることもあります。
以下のような場合は労災等の認定の可能性が高いと言えます。労災等が認定されるべきなのは以下の場合には限られません。
・上司等から治療を要する程度の身体的攻撃を受けた。
・上司等から暴行等の身体的攻撃を反復継続して受けた。
・上司等から、人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃を執拗に受けた。
・必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、社会通念を逸脱する精神的攻撃を執拗に受けた。
・業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求
3 パワハラで労災を認定した事例
例えば、京都地裁平成27年12月18日判決は、以下の事情を踏まえ、いじめを認定し、うつ病り患について労災に該当するとしました。
・部下が、被災労働者に対し、引継ぎの際、被災労働者が習得をしておらず、しかし業務に必要なエクセルの仕方をきちんと教えようとしなかった
・「原告が部下から業務引継ぎを受ける際には,部下から,「字を他の人にも読めるように書いてください。ペン習字でも習ってもらわないといけない。」,「時間かかりすぎです。この表の作成に1日もかかりませんよ。」,「エクセルのお勉強してください。分からなかったら娘さんにでも教えてもらってください。」,「日本語分かってはりますか。」などという辛辣な発言を繰り返された。」
当該事案では、部下から上司に対するいじめという特殊性があるところですが、辛らつな批判があったこと等を理由に労災との認定がされています。
大阪高裁平成29年9月29日判決は、加害者の以下のような事情をあげ、高速道路における巡回等を業とする会社におけいじめを原因とする自殺について、業務起因性を認めています。
・加害者は,4月ないし5月頃,被災労働者に対し,複数回,被災労働者のしていた空手を否定し,ばかにする発言をした
・加害者は,4月中旬頃ないし5月中旬頃,被災労働者に対し,複数回,「道場へ来い。」と言って,空手道場に誘った
被災労働者は,自らの伝統空手の組手と極真空手の組手の違いを熟知しており,極真空手を習得し,かつ,職場における自らの上司に当たる加害者と,極真空手の組手を行うことになった場合,「ボコボコにされる。」と感じていた
・加害者は,巡回に出発する間際,被災労働者が加害者に相談することなく個人目標を班長に提出したことに立腹し,「それやったら,俺と仕事の話は一切せんでええ。」と被災労働者を怒鳴りつけ,さらに,被災労働者が歩いているのを見て,被災労働者に対し,「歩き方が気に入らない。」,「道場へ来い。道場やったら殴りやすいから。」と大声で言った
・加害者は,巡回時,被災者に対し,「何もするな。」と怒鳴りつけ,被災者に同巡回の際に何も仕事をさせなかった
・加害者は,巡回後,事務所において,巡回終了後にすべき書類整理を始めていた被災者の様子を認め,激怒し,「何もするな言うたやろ。殺すぞ。」と大声で怒鳴りつけた
・加害者は,巡回の際,「パーキングエリアでの不審車対応」及び「落下物の処理」の関係で,被災労働者に対し,厳しい注意指導をした。また,加害者は,巡回後,被災労働者に対し,巡回中に起こった出来事について,文書にまとめるように指示し,被災労働者に文書を作成させたところ,被災労働者から作成した文書の提出を受けた際,周りに他の隊員らがいる前で,被災労働者に対し,「小学生の文書みたいやな。」と大声で言った
・被災労働者は、上記の各言動の都度、不安感等を抱いていることを示す言動をしていた
業務起因性が認められるかどうかは、
・パワハラ・いじめとして被災労働者の人格を侵害するような言動がなされたかどうか、その内容の程度
・継続性
・被災労働者が当時どのような反応を示していたか
等により判断されることになります。
詳しくは、「心理的負荷による精神疾患の認定基準について」をご覧ください。
4 パワハラで損害賠償を認めた事例
では、裁判の中ではどのような行為がパワーハラスメントに該当するとして損害賠償の対象とされてきたでしょうか。
暴行とパワハラ
暴行は原則、違法なパワーハラスメントに該当すると言えるでしょう。
熊本地裁令和4年1月19日判決は、胸倉をつかんだ行為が安全配慮義務違反に該当するとしています。
大阪地裁令和5年12月22日判決は、上司において、部下が座っていた椅子の脚を蹴ったことを不法行為としています。
水戸地裁令和5年4月14日判決は、労働者の意に反して、その髪に整髪料をつけ、髪をいじって髪型を変えさせ、そのまま就労させた行為について、労働者に屈辱感を与え、人格的利益を侵害するものとして、損害賠償の対象となるとしました。
退職強要とパワハラ
さいたま地裁令和1年6月28日判決は、以下のとおり述べて、合理的理由なく、執拗に退職強要をしていた場合にパワーハラスメントとなり、損害賠償の対象となるとしています。
「被告消防本部及び消防署の幹部らによる一連の言動は,原告への退職強要に当たることは明らかであり,職場での隔離や職務を与えないことによる孤立化,不必要かつ過大な要求,さらには,精神的疾患で休職していたことを何ら斟酌せず,むしろそのことに託けて休職前と同様に退職強要を行い,復職後にも職場での隔離等を繰り返していたものであって,その内容や態様,頻度等に照らし,これらの言動に何ら合理性や相当性は認められず,業務上の適正な指導の範囲を明らかに逸脱しており,原告への精神的な攻撃を意図した組織的かつ継続的なパワーハラスメントに当たるといわなければならない。」
水戸地裁令和5年4月14日判決は、上司が、労働者に、退職届を書いたかと尋ねたり、上司の退職届を渡して提出するよう求めた言動について、上司において、労働者に退職するよう示唆し、自ら退職するよう精神的に圧力をかける行為とみられてしかるべきであり、客観的に見て、社会通念に照らし、度を過ぎた言動であり、損害賠償の対象となるとしました。
ですから、退職を求めるような言動が仮にあったとして、それだけで違法とは言いにくいかもしれませんが、それが合理性のないものであり、かつ執拗なものであれば、パワーハラスメントとして違法評価される可能性はあります。
侮辱的な発言とパワハラ
それ自体、侮辱的な発言があれば、文脈は関係なく、違法なパワーハラスンメントと評価されることがありえます。
東京地裁平成30年8月15日判決は、人前で「寄生虫」と叱責したことについて、「原告に対し,他の従業員の前で「寄生虫」という表現を用いて叱責しているところ,花輪の発注ミス自体は,メールの確認が不十分であったという原告の過失によるものとはいえ,被告代表者が,他の従業員の前で「寄生虫」という侮辱的な表現をもって注意をすることは,適切な指導範囲を超えたものと言わざるを得」ないとして、損害額算定の上で考慮されるとしました。
福岡地裁令和4年3月1日判決は、「経営会議及び中間業績報告の会議において,原告に対し,馬鹿,無能,サラリーマン根性丸出し,会社の経営を考えない,会社の金を横領した者より始末が悪い,と繰り返し発言(以下「本件各発言」という。)し,「呪い殺してやる」などと発言したことは,社会通念上許容される範囲を逸脱し,違法というべきである」としています。
熊本地裁令和4年1月19日判決は、「お前のようなやつは殺してやりたい」との発言について、安全配慮義務違反に該当するとしています。
大阪地裁令和5年12月22日判決は、上司が、会社における業務の進め方等に関し、「アホ」「ボケ」「辞めさせたる5 ぞ」「今期赤字ならどうなるかわかっているやろな」といった言動を日常的に繰り返し行っていたこと、新入社員の目の前で、 「こいつらは無能な管理職だ。こんな奴らに教育されて可哀そうだ。これくらいのことができないのは本当に無能だ。」と言ったことについて不法行為に該当するとしています。
権利行使を抑制する発言とパワハラ
大阪地裁令和5年12月22日判決は、上司が、労働者に対し、会社において利用が認められているフレックスタイム制度や在宅勤務の抑制を示唆する言動をし、また、会社の規定で認められている宿泊費の定額精算を認めず、実費で精算すべきであると述べたことを不法行為であるとしました。
注意が損害賠償の対象となるとした事例
仙台地裁令和2年7月1日判決は、公立高校の教員が、先輩教員から度重なる注意を受け、その結果うつ状態となり自殺したケースについて、自治体の賠償責任を認めています。
同判決は、
・従来から先輩教員が被災教員にホームルームのあり方等について注意をしていた
・ある日、先輩教員において30分以上執拗に被災教員に注意をした
・そこで追い込まれていた被災教員は自殺未遂をし、また、心療内科を受診し、うつ状態と診断された
・校長らは、被災教員から、先輩教員からの注意で教師として生きていく自身をなくしたこと、心療内科でうつ状態と診断されたことを知らされながら、先輩教員に対しこれ以上の注意をしないよう自制を求めなかった
・その後、先輩教員が被災教員に注意をし、被災教員は自殺をした
という事案で、学校側の義務違反を求め、自治体に賠償を命じました。
控訴審である仙台高裁令和3年2月10日判決は、やはり自治体の賠償責任を認めましたが、さらに以下のとおり認定して、注意をした教員の行為自体不法行為となるとしています。
「そうすると、加害教諭が、自己が約1か月前に行った「注意」によって自ら心療内科を受診しようとするほどに精神状態を悪化させていた被災労働者に対し、再び同様の「注意」を行なえばその精神状態を更に悪化させて自殺等の重大な自傷行為等に及ぶ危険性を生じさせることが予見可能であったにもかかわらず、平成27年7月27日に再び被災労働者に対して行った「注意」に関しては、不法行為法上の過失があったと認めることが相当であり、不法行為責任が成立するというべきである」
勘違いに基づく叱責について損害賠償を認めた事例
高知地裁令和2年2月28日判決は、会社役員が被災労働者に対し、ⅰ その有給取得について強く苦情を述べたこと(10~20分程度)、ⅱ その2日後に役員らと従業員らの会合が持たれ、そこで役員が被災労働者に対し「肩書にあった仕事ができていない」などと感情的で激しく言ったことを心理的負荷の程度「中」とし、長時間労働とあわせ役員らの安全配慮義務違反を認めました。
裁判所は、ⅰについては、役員の勘違いに基づく苦情であったこと、苦情により被災労働者が許可を得ていた休暇を返上せざるをえなかったこと、役員は役員より被災労働者の方が優遇されているという発言をしていたなどの事情があり指導の範疇を超えていたこと、役員が会社の後継者であったこと、ⅱについては、本来休暇中であったのに有給休暇を撤回させた上で被災労働者を呼び出していること、被災労働者において対応できない項目についての業務改善要求があったこと、感情的で激しい口調で行われたこと、事実確認もしないまま他の従業員からの苦情を伝えるなどしたことなどの事情を踏まえ、心理的負荷を「中」としたものです。
同判決は、高松高裁令和2年12月24日判決でも維持されています。
会社役員への発言が損害賠償の対象とされた事例
福岡地裁令和4年3月1日判決は、会社の会長から社長に対し、経営会議等の場で、「馬鹿、無能、サラリーマン根性丸出し、会社の経営を考えない、会社の金を横領した者より始末が悪い、と繰り返し発言し、「呪い殺してやる」などと発言したこと」は不法後遺に該当するとしました(うつ病罹患との因果関係は認めませんでした)。
このように、役員に対する発言も、それが優越的立場にある者からされた場合、不法行為として損害賠償の対象となりえます。
それ自体侮辱的とは言えない発言とパワハラ
他方、叱責しただけでは損害賠償請求の対象とはならないとする裁判例も多くあります。
上記福岡地裁令和4年3月1日判決は、「株式会社Hとの取引を止めるくらいの覚悟で交渉して来い」,「お前たち,来期はないぞ」,「(平成31年3月までに)死ぬ気でやれ」,「もしそれまでに(改善の)目途がつかなかったら辞めてもらうぞ」「退職金も出ないぞ」などという発言については、会社の業績が悪化し,被告において業務指導ないし叱咤激励を必要とする状況にあったことからすると,経営状況を改善するために強い気概を持って交渉に臨むべきである旨を示したものにとどまり,業務上の必要性を超えて原告の人格を否定するものとまでいうことはできないとして、損害賠償責任を認めませんでした。
ですから、人前で怒鳴られるなどしたということについては、その内容が侮辱的なものか、業務上の注意として必要な範囲を超え人格を否定するようなものかどうかがキーになると思われます。
5 直接行為者ではない者のパワハラの義務違反
直接、違法なパワーハラスメント行為をしたわけではない者であっても、パワーハラスメントを防止すべき立場にある者が防止のために必要な措置をとらなかった場合、安全配慮義務違反と評価されることになります。
熊本地裁令和4年1月19日判決は、パワーハラスメントを防止すべき立場にある者が、胸倉をつかむ暴行がされているのを黙認放置していたことについて安全配慮義務違反に該当するとしています。
6 パワーハラスメントとまでは評価されない行為と賠償責任
管理職の叱責等がパワーハラスンメントとまでは評価されない場合でも、叱責等により職場の雰囲気が悪くなり、その結果労働者が管理職への質問等もできないようになり、追い詰められ、自殺等に至った場合、賠償責任が生ずる可能性があります。
新潟地裁令和4年11月24日判決は、上司には不法行為とまで評価されるほどのパワーハラスメントがあるとは認められないとしました。
他方、判決は、
ⅰ 当該職場では上司が部下に厳しい対応を取っており、そのため職場の会話が少なかった、
ⅱ 被災労働者は、初めて担当する業務について上司に質問等しなければ適切にこなすことが困難であったが、ⅰの状況のため質問などを行うことができず、業務を期限までに終了させることができない状況に追い込まれた、
という事実関係を前提に、上司が業務の遂行状況などについて積極的に確認するなどのことを行わなかったことを注意義務違反としました。
このように、必ずしも、パワーハラスメント自体が不法行為とまでは言えない場合でも、事後の措置も含めて注意義務違反として評価されることはありえます。
7 パワハラによる損害賠償額
パワハラによる損害賠償額は、それにより病気等になったかどうかにより大きく異なります。
病気等になった場合、治療費、通院費、入院・通院日数に応じた慰謝料、仕事を休んだ期間に応じた休業損害、後遺障害が残った場合にはその程度に応じた慰謝料、将来の労働能力が喪失したことに対応した逸失利益が損害賠償の対象となります。
自殺等により自殺した場合には、死亡慰謝料、葬儀費用、労働能力が失われたことについての逸失利益、親族の慰謝料等が損害賠償の対象となります。
いずれも、労災保険から支給された場合にはその分が調整されることになります。
パワハラ自体による慰謝料については10万円~数十万円のケースが多いようです。
退職をするようプレシャーをかけ、髪型を勝手にいじった事例についての水戸地裁令和5年4月14日判決では50万円の慰謝料が認められました。
寄生虫呼ばわりし、後頭部をたたくというパワハラがあった東京地裁平成30年8月15日判決では10万円の慰謝料が認められました。
慰謝料額は、パワハラの継続性、程度、それが心身に与えた影響等により判断されることになります。
8 新潟で労災のお悩みは弁護士齋藤裕へ
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