潜在的稼動能力と婚姻費用

離婚問題

1 収入ゼロの場合と婚姻費用算定

婚姻費用は通常、実際の双方の収入に基づき算定されます。

しかし、その場合、婚姻費用を上下させようと、意図的に就労しない場合に対応できないことになります。

ですから、多くの裁判例は、潜在的稼働能力も考慮しています。

2 未就学児、未就園児を監護する親と稼働能力

子を監護する側の親についてよく問題になるのが、子の監護のために就労していない状態について、稼働能力があるとみるべきかどうかです。

子が就学してから稼働能力を認めた事例

福岡地裁平成30年7月18日決定は、監護者が子どもを就園させず自ら手元で養育させる必要があった事案について、子どもが小学校に通うようになった以降について稼働能力を認めています。

就園中について稼働能力を否定した事例

大阪高裁平成20年10月8日決定は、以下のとおり述べ、就園中の子をかかえる親について稼働能力を否定しました。

「潜在的稼働能力を判断するには,母親の就労歴や健康状態,子の年齢やその健康状態など諸般の事情を総合的に検討すべきところ,本件では,相手方は過去に就労歴はあるものの,婚姻してからは主婦専業であった者で,別居してからの期間は短いうえ,子らを幼稚園,保育園に預けるに至ったとはいえ,その送迎があり,子らの年齢が幼いこともあって,いつ病気,事故等の予測できない事態が発生するかも知れず,就職のための時間的余裕は必ずしも確保されているとはいい難く,現時点で相手方に稼働能力が存在することを前提とすべきとの抗告人の主張は採用できない。」

未就園時を監護する親について稼働能力を否定し、就園児について稼働能力を認める可能性を肯定した東京高裁決定

東京高裁平成30年4月20日決定は、未就園児をかかえる親について潜在的稼働能力を否定しつつ、就園後は稼働能力が肯定される可能性を認めています。

同決定は、以下のとおり述べ、妻には5歳と3歳の子どもがいることを踏まえ、潜在的稼働能力を考慮すべきではないとしました。

「(妻)については,現在無職であり,収入はない。」
「本決定日において,長男は満5歳であるものの,長女は3歳に達したばかりの幼少であり,幼稚園にも保育園にも入園しておらず,その予定もないことからすると,婚姻費用の算定に当たり,原審申立人の潜在的な稼働能力をもとに,その収入を認定するのは相当とはいえない。」

ただし、離婚までそれなりに日数がかかり、子どもが幼稚園などに通うようになった場合には、婚姻費用の再調整が可能であるとして、以下のとおり述べています。

「将来,長女が幼稚園等に通園を始めるなどして,原審申立人が稼働することができるようになった場合には,その時点において,婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして,婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。」

子どもがどのくらいになると潜在的稼働能力が認められるか

上記裁判例をみると、子どもが小学生になった場合には監護親に稼働能力は認められがちであり、未就園児については認められず、就園児については判断が分かれるということになりそうです。

大阪高裁決定は、稼働能力の存否の判断について、母親の就労歴や健康状態が考慮されるべきとしています。

ですから、資格を有し、あるいは近年まで稼働実績があるような場合、子どもが就園中であっても稼働能力が肯定される方向に働くでしょう。

その他、

・通園の距離、時間(通いやすければ稼働能力ありに働く)

・どのくらいの時間まで預かってくれる園なのか(遅くまで預かってくれるなら稼働能力ありに働く)

・子どもの人数(少なければ稼働能力ありに働く)

・子どもの発熱などの際に融通のきく職場の存在や病児保育の状況(これらが存在し、整備されていれば、稼働能力ありに働く)

・実際に就職活動をしてみた結果(就職活動をして、就園児の存在を理由に採用されなかった経験があれば、稼働能力なしに働く)

などを考慮し、就園中の子どもを監護する親の稼働能力が判断されるものと思われます。

3 退職と稼働能力

婚姻費用を免れるため、会社を退職する人も見受けられます。

そのような場合においても、退職前の収入があるものとして婚姻費用が算定されることがあります。

大阪高裁令和2年2月20日決定は、抑うつ状態にあるとの診断書が発行された者が自主的に会社を退職した事例において、

・診断書に具体的な症状が記載されておらず、主訴に基づいて書かれたと思われること

・診断書発行後退職まで休業することなく勤務していたこと

・審判移行半月後に受診していること

・退職後も散発的な労働、資格取得、大学入学などをしていること

・しばらく受診も服薬もしていないこと

などの事情から稼働能力を肯定しています。

 

他方、東京高裁令和3年4月21日決定は、

婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならない

とした上で、

・自殺企図による精神錯乱のため警察官の保護を受け、それをきっかけとして失業したこと

・主治医の意見書で就労困難とされていること

・精神障害者保険福祉手帳の交付申請をしていること

等の事情を踏まえ、失職者について潜在的稼働能力を認めるべきではないとしました。

 

このように、不就労について、十分な合理性があるかどうかにより稼働能力の有無が判断されます。

4 年金の受給開始年齢を遅らせた場合と婚姻費用

以上で述べたことは、給料以外の収入にも妥当すると思われます。

東京高裁令和1年12月19日決定は、年金の受給開始年齢を遅らせた場合でも、65歳から年金を受給する前提で収入を計算し、婚姻費用算定をすべきだとします。

同決定は、「同居する夫婦の間では、年金収入はその共同生活の糧とするのが通常であることからすると、これを相手方の独自の判断で受給しないこととしたからといって、その収入がないものとして婚姻費用の算定をするのは相当とはいえない」と述べているところです。

この事件の婚姻費用支払義務者には株式の配当収入がありました。そのような状況を踏まえると年金の受給開始年齢を遅らすこと自体はそれほど不合理なものではなかったとも思われます。

裁判所としては65歳で年金受給するのがごく通常であるとの価値判断をしたということでしょうが、異論のありうるところだと思います。

なお、老齢年金以外の障害年金、その他の福祉的給付で婚姻費用算定上収入として考慮されるものについても、申請できるのにあえて申請しないような場合には、それらの年金や福祉的給付分の収入があるものとしてカウントされるべき場合もあると思われます。

5 病気、障害と稼働能力

病気や障害の程度によっては稼働能力が否定されることもあります。

東京高裁令和4年2月4日決定は、

・月1回程度の割合で精神科に通院していること

・障害等級2級16号(精神の障害であって、日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度以上のもの)と認定されていること

・週3~4日程度、1日当たり4時間の就労を開始してみたものの、勤務先の人間関係に悩んで体調を崩し、1か月で就労を断念したこと

・主治医からしばらくは静養した方が良いといわれていること

という事情を踏まえ、稼働能力を否定しています。

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