新型コロナ法律相談 その15 埼玉の自宅待機中の新型コロナウイルス患者の死亡と法的責任

さいとうゆたか弁護士

1  はじめに

報道によると、4月16日に新型コロナウイルスに感染したと診断された50代男性が、自宅待機中の20日夜に具合が悪くなり、21日に容態が急変して亡くなったということです。

きわめて残念な事態で、亡くなった方にはお悔み申し上げます。

この件について、埼玉県の大野元裕知事は、経緯を検証するとしています。

よって、仮に何らかの責任があるとしても、それは経緯検証後になされるでしょうが、現時点で法的責任について検討してみます。

2 裁判例

埼玉県の事例の特殊性は、新型コロナ対応については病院がパンクしないよう、重症者を入院させ、軽症者は自宅待機という方針の中で発生した事例だということです。

このような政策は医療資源の有限性を根拠としたものといえます。

同じように医療資源の有限性を根拠に、医療過誤における病院設置者の法的責任を否定した事例として、東京地裁昭和63年12月19日判決があります。

この事例は、乳児が髄膜炎で亡くなったという事案に関するものです。

ルンバールという検査をすべきだったかどうかが争点となりました。

同判決は以下のとおり述べます。

「〇医師師が原告◇を診察した昭和五三年二月一五日当日は、都立墨東病院の小児科のベッドが満床であり、〇医師の努力にもかかわらず、原告裕美を受け入れることができなかったこと」などの「事実に基づいて考えると、〇医師に原告主張の義務(転院までにルンバール検査をするという義務ー引用者注)があったと認めることはできず、〇医師がルンバール検査を実施せずに原告◇を協和病院に転送した措置が被告東京都の本件第一次診療契約上の債務不履行責任又は不法行為による損害賠償責任を構成することはないというべきである」として、満床である場合において当該病院で検査をしなかったことは義務違反とはならないとしました。

このように、医師や病院の義務は、不可能なことまですべき義務ではなく、義務内容は実際の医療態勢のもとで現実的に可能な限度に縮減されることがあるということになります。

よって、埼玉県の事例においても、軽症者を入院させることが医療態勢上不可能であったのであれば、入院させなかったことについて法的責任を問うことは困難でしょう。

あとは、20日夜に具合が悪くなったときに保健師においてどのような内容を聞き取り、それを前提に男性を入院させる必要性と病院の余裕があったかが法的責任の有無のポイントとなると思われます。

このような視点も含めた検証がなされ、同様の事態を発生させない実効的な対策が講じられるようになることを祈念しています。

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