
執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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1 懲戒免職・懲戒解雇と退職金
懲戒免職・懲戒解雇がなされた場合、同時に退職金も不支給となることが多くあります。
しかし、退職金は賃金の後払い的性質を有するものです。
ですから、懲戒免職・懲戒解雇がなされても、必ずしも退職金請求権が失われるものではありません。
懲戒免職・懲戒解雇がなされたものの、退職金不支給は許されないとした裁判例も多くあります。
以下、裁判例をご紹介します。
2 懲戒免職・懲戒解雇と退職金に関する裁判例(酒気帯び関係)
酒気帯び運転について退職金全部不支給を違法とした福岡高裁令和3年10月15日判決
福岡高裁令和3年10月15日判決は、酒気帯び運転事案について、退職手当の全部不支給を違法としました。
その理由としては、
・約34年間、懲戒処分を受けることなく、自治体職員として勤務を続けてきたこと
・勤務状態に問題はなく、むしろ良好であったこと
・酒気帯び運転をした距離が715・8メートルと比較的短距離であったことt
・事故を発生させていないこと
・不起訴となっていること
・非違行為の当日に職場に連絡するなど、報告を怠らなかったこと
・反省の意を示していること
・本人が57歳であり、再就職が困難であり、退職金全部不支給は酷であること
というものがあげられています。
酒気帯び運転で退職金不支給を適法とした最高裁令和5年6月27日判決
最高裁令和5年6月27日判決は、公立高等学校の教諭が酒気帯び運転により懲戒免職処分を受けたという事案について、
・教諭が自動車で酒席に赴き、長時間にわたり相当量飲酒し、その後自動車で帰宅しようとしたこと
・運転開始後まもなく過失により運転中の車両と衝突するとの事故をおこしていること
・公立学校の教諭という職にあり、生徒への影響も大きかったこと
・高校は、酒気帯び運転について生徒や保護者への説明のため集会を開かざるを得なかったこと
・教育委員会が、複数回にわたり飲酒運転に関し含む規律の確保を求める通知を発していたこと
という事情があり、
・教諭が管理職ではなく、前に懲戒処分歴がないこと
・約30年にわたり誠実に勤務してきたこと
・反省の情を示していること
などの事情を踏まえても、退職手当不支給処分は裁量権の範囲を逸脱していないとしました(宇賀裁判官の反対意見が付されています)。参照:退職金不支給を適法とした判例
3 懲戒免職・懲戒解雇と退職金に関する裁判例(横領等関係)
横領について退職金返納命令を適法とした札幌地裁令和1年11月12日判決
札幌地裁令和1年11月12日判決は、横領事案について、退職手当返納命令に違法はないとしています。
その理由としては、
ⅰ 高校の事務長という教育機関の重職に就き,校長等からの信頼を受けて会計事務を担当していたにもかかわらず,その職責に背き,約2年もの長きにわたり,悪質かつずさんな事務処理を常習的に続けていたこと
・本件高校の私費会計に混乱を与え,金銭的損害までも生じさせた
・原告の非違行為が発覚した経緯を見ても,後任の事務長が不審点に気付いて調査が行われたところ,これが発覚したというものであって,原告が自主的に自らの非違行為を申告したというものではないこと。発覚後,原告は,本件高校による調査や本件事情聴取において,基本的な事実関係はおおむね争わなかったものの,使途等に関する説明を二転三転させ,あるいは不自然かつ不合理な説明を展開するなどしているのであって,自らの非違行為の重大性に対する自覚が乏しいといわざるを得ないこと
・本件処分当時,原告が,本件手当の全額の返納を命じられたとしても,原告の生活が著しく困窮するような状況にあったとは認められないし,返納が困難であったというべき事情があったとも認められないこと。そして,現に原告は本件処分で命じられた全額を返納しているのであって,これにより生計が維持できなくなったとも認められないこと
・原告が被告の職員として35年間勤務し,その間本件懲戒処分を除いて懲戒処分を受けたことはないこと,
といった事情があげられています。
私的流用等のケースで退職金の返還を命じた大分地裁令和6年4月12日判決
大分地裁令和6年4月12日判決は、自治体から一旦払われた退職金の返納を求めた裁判についての判決ですが、
・内容虚偽の領収書で長期間・多数回補助金を目的外利用し、返還を免れさせていたこと
・その総額は500万円以上で私的流用も含めれてこと
・住民の地方公共団体等への信頼を著しく毀損すること
・自治体が調査のために長期間人員を投入したこと
・当該自治体は補助金の一部返還を余儀なくされていること
・当該労働者が35年程度勤続してきたこと
・それまで処分歴がないこと
を踏まえても、全額返納は許されるとしました。
京都市営バスの運転手による少額の横領について退職金不支給を適法とした最高裁令和7年4月17日判決
最高裁令和7年4月17日判決は、京都市営バスの運転手が1000円を横領したこと等を理由になされた退職手当不支給を適法としました。
同判決は、
ⅰ 本件着服行為は、公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したというものであって、それ自体、重大な非違行為であること
ⅱ バスの運転手は、乗客から直接運賃を受領し得る立場にある上、通常1人で乗務することから、その職務の性質上運賃の適正な取扱いが強く要請されること、
ⅲ その観点から、京都市交通局職員服務規程(平成2年京都市交通局管理規程第3号の16)において、勤務中の私金の所持が禁止されていること(20条)。
ⅳ そうすると、本件着服行為は、自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうこと
ⅴ 本件喫煙類似行為についてみると、被上告人は、バスの運転手として乗務の際に、1週間に5回も電子たばこを使用したというのであるから、勤務の状況が良好でないことを示す事情として評価されてもやむを得ないこと
ⅵ 本件非違行為に至った経緯に特段酌むべき事情はなく、労働者はそれらが発覚した後の上司との面談の際にも、当初は本件着服行為を否認しようとするなど、その態度が誠実なものであったということはできないこと
を踏まえ、「本件着服行為の被害金額が1000円でありその被害弁償が行われていることや、被上告人が約29年にわたり勤続し、その間、一般服務や公金等の取扱いを理由とする懲戒処分を受けたことがないこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る本件管理者の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。」としました。
参照:京都市バスにおける横領により退職手当を不支給とした判例
業務に関わる横領であること、1人でお金を扱うバス運転手という特殊性が重視された判決と言えるでしょうが、限界事例であると考えます。
4 懲戒免職・懲戒解雇と退職金に関する裁判例(セクハラ・パワハラ関係)
教員の部下へのセクハラで退職金不支給を適法とした東京高裁平成31年2月27日判決
東京高裁平成31年2月27日判決は、市立中学の校長が同校の教員に抱きつき,複数回キスをし,胸を触るなどのわいせつな行為を、懲戒免職された事案について、「教員として採用されてから本件各処分までの約36年間,非違行為による処分を受けたことがないこと,第1審原告の退職手当等は2228万9628円であり,その全部が支給されない場合には,第1審原告の退職後の生活設計に少なからぬ影響が生じる」ことを踏まえつつ、以下の事情から退職金不支給を適法としました。
・本件中学校の校長としてセクハラ行為等の予防のために他の教職員の教育,研修,指導に率先して取り組み,職場環境を整えるべき立場にあったこと
・それにもかかわらず同じ中学校に勤務する女性教員に対しわいせつ行為に及んだこと
暴行やパワハラがあったものの退職手当不支給を違法とした横浜地裁令和5年9月13日判決
横浜地裁令和5年9月13日判決は、警察官の非違行為による懲戒免職の効力を認めつつ、退職手当不支給処分を違法としました。
同判決は、
ⅰ 他の警察官に暴行を加え、全治1週間の傷害を負わせたこと
ⅱ 飲食店で、店員に、「ぶっ壊すぞ、この野郎。呼べよ早く。テメー常連だっつったろこの野郎。」
等と語気鋭く、執拗に申し向けたこと
ⅲ 警察手帳を示した上で神奈川県迷惑行為防止条例違反(盗撮)の被疑者を現行犯逮捕したにもかか
わらず、逮捕時の状況等を説明せずに、被疑者を引致する手続を取らず、かつ、現行犯人逮捕手続書
を作成せずにその場から立ち去ったこと
ⅳ 通勤手当の申請をした際に、担当職員から申請した通勤経路が認定されない旨の説明を受けたこと
から、「認定されないことに納得がいかない。」などと大声で叱責するなどし、担当職員に頭痛及び
吐き気の体調不良が生じたこと
ⅴ 庶務係長に対し、前日、住まいのことなどを尋ねた際に無視されたことを思い出し、「俺が目の前
で話しかけたのに無視したな。」、「それよりずっと今まで黙ってたのに、今更急に口出すな。」な
どと大声で叱責したこと
ⅵ 出勤した際に、執務中の調査官の右肩に持っていた鞄をぶつけ、「監察の書類全部お前が作ったん
だろ。虚偽文書作成だ。嘘つき、許せねーんだよ。」などと大声で述べたこと
ⅶ 調査官に対し、「自分の上しか見ていねぇんだな。」、「お前なんかやってやんかんな。」、「こ
いつはばかだから、こんなやつなんだよ。」などと述べたこと
ⅷ 署長や副署長に頻回に電話をしたこと
などの事実を認定しました。
しかし、重度の躁状態から上記非違行為に及んだ等として、不支給処分は取り消されました。
5 懲戒免職・懲戒解雇と退職金についての裁判例のまとめ
このように、
ⅰ 対象行為の悪質性、期間、
ⅱ 職責の重さ
ⅲ 非違行為の重さ、損害の大きさ
ⅳ 非違行為発覚の経緯など、反省の情
ⅴ 退職金の支給が認められないことでの職員のダメージの大きさ
ⅵ 勤続年数
ⅶ 懲戒処分歴
ⅷ 非違行為の原因
などを踏まえ、退職金の支給の是非が判断されます。
かならずも懲戒解雇や懲戒免職になったというだけで直ちに退職金不支給とはなりません。
ですから、懲戒解雇や懲戒免職を受け、退職金が不支給だと言われた方は、まずは弁護士にご相談ください。
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労働時間一般についての記事もご参照ください。
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