片親疎外症候群

1 片親疎外症候群とは?

同居していた際には何の問題もなかった親子関係だったのに、別居してから、子どもが別居親に対し嫌悪感などを持つようになることがあります(あるいは、そのように同居親が主張するようになることがあります)。

このような状態について、片親疎外症候群であると主張されることがあります。

細矢郁判事ら「面会交流が争点となる調停事件の実情及び審理の在り方―民法766条の改正を踏まえてー」49~50頁は、ガードナーの所説を引用して、「子どもが一方の親と過剰に強く結びつき、もう一方の親を激しく非難・攻撃するなどして接触も拒絶する現象を「片親疎外症候群(Parental Alienation Syndrome)」として概念化した。この概念は、一方の親の操作(洗脳)によって生じる病理的現象として提示された」として紹介しています。

佐々木健「ドイツ法における親子の交流と子の意思―PAS(片親疎外症候 群)と子の福祉の観点から」は、PAS(Parental Alienation Syndrome:片親疎外症候群)を「別居や離婚紛争に他方の親との関係性について、障害をきたすという内容である」として紹介しています(349頁)。ガードナーは、子に1から8の症状がある場合、それは親の一方による吹聴が原因のPASだと判断すべきとしています(352~353頁)。

ジョアンS.マイヤー氏(ジョージワシントン大学教授)講演抄録「子の監護裁判における『引き渡し』と虐待:アメリカの経験」は、ガードナーのPAS理論について、ガードナーが「母親は、子どもを洗脳し、父親について事実に反することを子どもに信じ込ませる」、「自分の関わった監護事案の9割が該当する」と主張していると説明しています(24~25頁)。

PAS理論を提唱したアメリカの精神科医ガードナーは、親が重症の場合には監護変更や監護親の治療などが必要として、症状のレベルに応じた対応を提案しています(前掲佐々木353頁)。

 

2 批判の対象となった原始的な片親疎外症候群理論

しかし、以下のとおり、PAS理論については厳しい批判がなされてきています。

  •  アメリカにおける状況

佐々木健「ドイツ法における親子の交流と子の意思―PAS(片親疎外症候群)と子の福祉の観点から」は、アメリカにおいて片親疎外症候群理論が批判され、克服されている状況を以下のとおり紹介します。

「2006年の春に全米法曹協会(American Bar Association)は、「Childrens Legal Rights Journal」の中で、PASの証拠能力が認められるものではなく、「根拠のない独断的な主張」であると批判をしている。さらには、皮肉なことに、「アメリカの法廷で、20年間にわたり、PASの証拠能力が認められてきたことは、証拠法の歴史における恥ずべき一幕である。このことは、法的手続をエセ科学(junk science)による汚染から保護しようとする証拠法則を委託された法律家たちが、大失態を犯したことを示す」とさえ、論じているのである。このような批判は、全く論拠のない主張ではない。ガードナーが作成した資料集(同業の専門家による審査を経た23の論文、及び、「『PAS』が科学的に正当性であり法的証拠能力を有する」という彼の主張を裏付けるために引用している50の法的判断を含む)について実証的に分析した上で、これらの資料が「PAS」の法的証拠能力ならびにその存在自体さえも裏付けていないとの判断に至っているのである。最後に、「科学・法律・政策のすべての観点から、現在及び将来にわたって、『PAS』は証拠として容認できない」と結論づけている」、「法的問題としてPASを捉えるときには、この理論が科学的正当性と信頼性を欠いていることを踏まえ、その証拠能力を認めないことが適切であると考えるのである。また、同協会は、PASの主唱者が、依然として、PASの科学的及び法律的地位について、(PASの呼称を変えて証言することで、意図的に法的規制を回避することも含めて)虚偽の陳述を続けていると指摘する。このような対応に対しては、「根拠のない仮説をアメリカの法廷に持ち込もうとする相次ぐ企てを警戒し、法的な専門家を置くべきである」と述べている」(354~355頁)。

「少年裁判所及び家庭裁判所の裁判官による全国評議会が2006年に公表した、DV事案における親権と面接の評価:裁判官のガイド(第2版)では、親権を争う事案において当事者がPASに悩まされているという証言が、法的証拠として認められないと判断されるべきであると指摘する。その根拠として、特にDV事案における調査が困難である旨に言及する。親権に関わる事案においては、子が時折、父母の一方に対して表す恐怖心や不安、嫌悪や怒りといった感情が、他の一方の引き離し行為によって助長・促進された可能性がある。その一方で、(子が疎遠になったと感じる親との間で生じた、子自身の経験に基づく不安への反応も含めて)調査を要する事項もある。DV事案では、その特殊性から、調査が困難であるため、事実に基づく注意深い調査が必要とされる。事案解決のために単にPASの「レッテル」を貼るのではなく、父母に関する子の意思に注意しつつ、子の抱える不安が事実に基づくものか、親に関する子の認識形成に関して父母それぞれの役割はいかなるものであったか等を注意深く事実調査することで、その調査結果に証拠能力が認められると指摘する」(355~356頁)

「リーダーシップ協議会は、2006年7月12日に、著名な二つの法律刊行物がPASを認めないとしたことを歓迎するための緊急発表をしている。前者の全米法曹協会の論説について、「科学・法律・政策の全てが、法廷において『片親疎外症候群』の証拠能力を認めることに反対している」ことを強調し、後者の裁判官ガイドでは、PASが、「親権を決定する際、子供を虐待した者に有利に働く、『信用性のない』症候群である」旨強調する。なお、前アメリカ精神医学協会会長のフィンクは、この緊急発表に寄せて、「いわゆる『専門家』が作り出した洒落た言い回しであるというだけの理由で、法律家が『症候群』を受け入れた場合、それによって苦しめられるのは子である。裁判所は、次第に『PAS』の見え透いた言い訳の正体を見破るようになり、法廷が『論理的根拠の存在しないエセ科学(junk science)』のプロモーションのための劇場として使われることを拒むようになっている」と述べている」(356~357頁)

「このように、アメリカにおいてPAS理論は、現在、科学的正当性と信頼性の観点から、その証拠能力を否定する厳格な立場をとっていることが伺える。この結論を踏まえて、ドイツ法の観点から、このPAS理論がどのように扱われているかを、次章で見ていくこととする」(357頁)

「歴史的にPAS理論が証拠法上採用されてきた経緯について、「離婚・親権・児童虐待の事案を委ねられた裁判所にとって魅力的であったのかもしれない」と全米法曹協会は分析する。その理由として、次のように述べる。「PASが複雑で、時間がかかり、苦渋に満ちた、医学的診断に対する証拠調べを軽減することを主張するものであるからである。PASの起源及び法的に採用することにつき固有の着眼点は、人間の複雑な問題に対して、疑いもせずに、短絡的な答えをあてはめる、政策的なリスクを実証している。機能不全に陥った家庭に独特の力学が、型にはまった診断通りとなる可能性は低い」という。これは、ケスター・バルティンが、PASを表面的な処方箋にすぎない、と表現することにも通じる」(372~373頁)

「このPASの診断基準が、現在、確立されていないことにも注意を要す る。司法判断に精神医学領域の概念が用いられる代表的な概念の一つとして、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が挙げられるが、例えばアメリカ精神医学会が定める診断基準DSM―Ⅳ―TRのみならず、世界保健機構ICD-10において、その基準が確立されているものの、PASは、DSM―Ⅳ―TRにおいても除外されている」(373頁)

「高葛藤ケースや交流を求める別居親が過去に不適切な監護(虐待等)を行っていた場合などにおいて、安易にPAS理論を採用し、直接的な交流を認めてしまえば、将来的な親子間の愛着形成といった子の福祉以前に、現実的な子の身体的・情緒的福祉を危険にさらす可能性は否定できない」(374頁)

「PASが、同居親による相手方の誹謗中傷に基づき、交流に対する子の意思形成に悪影響を及ぼすというのであれば、第一段階として、「子の自由意思」の確認に審理のウェイトが置かれることとなろう」(375~376頁)

小田切紀子ら「離婚と面会交流」も、「第一の立場は、ガードナーの考えを引き継ぎ、DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)やICD(国際疾病分類)に、親による引き離し障害(parental alination disorder:PAD)を含めるよう提案したものである。この立場では、親による引き離し障害(PAD)は、子どもが一方の親と強く同盟し、引き離されるのに正当な理由がない親との関係を拒絶しており、キャンペーンのレベルに到達する執拗な拒否や中傷のほか、社会、学業(職業)、その他の領域における機能の臨床的に重要な困難が子どもにみられるものだが、拒絶された親の子どもへのマルトリートメントがある場合は診断されないと提唱された。他方で、一方の親との交流をかたくなに避ける行動は多数の要因があるため「交流の拒否(contact refuse)」,子どもが争いから逃れるために一方の親と同盟を結ぶなど引き離そうとする親がいないものは「親による引き離し/引き離された親(PA)」と呼ぶとされた。しかし、実証的データの乏しさ、診断基準の主観性、他の要因(発達的に予想される反応、離婚特有の反応、親の紛争に対処するための連合)の存在などがアメリカ児童虐待専門家協会などから指摘され(Bernetet al.,2010;Faller,2010)、DSM―5には採用されなかった(123頁)」として、ガードナーを引き継ぐ所説もその信用性の乏しさからDSM-5等に採用されなかったことを明らかにしています。

ジョアンS.マイヤー氏(ジョージワシントン大学教授)講演抄録「子の監護裁判における『引き渡し』と虐待:アメリカの経験」でも以下のとおり片親疎外症候群には強い批判がなされています。

「実際には、ガードナーは「PAS」について調査研究を行ったのではありませんでした。すべては、彼の頭の中で作り上げられた言説でしかないのです。にもかかわらず、あたかも、事実に基づいた言説のように聞こえてしまいました。なぜならば、ガードナーは、自分が関わった監護裁判の事案の9割が該当する。」と数字を交えて自説を展開したからです。ガードナーは、子どもへの性虐待の主張が非常に蔓延しており、監護裁判のほとんどにおいて、そういった申立てが母親によってされていると主張しました。ガードナーは、監護裁判における性的虐待の主張の大半は母親の嘘・でっちあげだということも述べています。しかし、もう一つ重要な点は、子どもへの性的虐待が事実であった場合、つまり子どもの別居親に対する敵意を説明する虐待が存在する場合には、PASは当てはまらないとガードナー自身も述べていることです」(25頁)

「「引き離し」のレッテルを貼ることによって、本当の虐待を見失ってしまう虞もでてきます。一旦、母親が引き離しを行っているというレッテル貼りが行われますと、感情的な虐待を行っているのは母親である、というふうに、母親の方にフォーカスが行ってしまいます。子どもたちに対して、父親とともに過ごすように、あるいは、父親に対して愛情を持つようにということを母親が教えないことは、子どもを感情的に虐待するものだ、情緒的な虐待をしているのだと考えるわけです。裁判の事実認定ではどちらの方向にも誤認の可能性がありますが、どちらの方向がより重大かは裁判所が判断しなければいけないことです」(29頁)

「本当に虐待があるのに、裁判所がそれを信じないで、母親が「引き離し」をしていると誤認した場合には、虐待を行っている親のもとに子どもたちを送ってしまうという危険が生じます。また、逆に、「引き離し」が本当に行われていて、そして虚偽の虐待という申立てがあり、裁判所が虐待があると誤認した場合には、「引き離し」をしている親のもとに子どもを留めてしまうということになります。どちらの危険の方が、子どもにとって、より有害でしょうか」(30頁)

「これまで、シルバーグが研究してわかったことは、子どもが保護されなかった主な理由は、片親「引き離し」のレッテル貼りが行われていたためであるということです。先程もお伝えしましたように、PAがあったというレッテル貼りをしたために、虐待を見逃してしまったということです。このケースの大半で、虐待者に対しての面会交流を行うように推奨したのは、裁判所が任命した監護評定者です。日本では、調査官と読んでいると思いますけれども、裁判結果は、評定者の推奨によるものです。こういった形の逆転裁判というものは、なかなか出ないものです。通常、一旦、母親が「引き離し」を行っているというレッテル貼りが行われてしまいますと、裁判所は母親にも子どもの主張にも耳を傾けなくなるからです」(30頁)

LenoreE.Walker&DavidL.Shapiro「片親疎外障害:なぜ、子どもに精神疾患のレッテルを貼るのか?」は、「片親疎外障害(Parental Alienation Disorder/以下、PAD)を『精神障害の診断および統計マニュアル第5版』(DSM-5)に入れることの問題は多い。まず、親同士が離れ、生活が変化したことに対して怒りで反応しているだけかもしれない子どもたちに、精神障害のレッテルを貼ることが問題である。PADの支持者は、児童虐待やドメスティック・バイオレンス(以下、DV)に曝された子どもたちをPADと診断することは不適切だと認識しているが、その鑑別診断の方法を明確にしておらず、虐待やトラウマを受けた子どもたちを、PADと区別する実証データも不十分といえる」としています(147頁)。

以上のとおり、片親疎外症候群理論を生み出したアメリカにおいて、ABAなどの権威ある組織が片親疎外症候群はエセ科学などとして、その信用性を完全否定しています。

3 片親疎外症候群理論はすべからく不当なのか?

以上のとおりであり、ガードナーが唱えたような原始的な片親疎外症候群理論については慎重に考える必要があります。

他方、片親疎外症候群理論に対する批判も、同居親による不当な働きかけで子どもが別居親に嫌悪感を抱くようになる現象自体は否定していないようです。

問題は、どのような場合に同居親による不当な働きかけがあると言えるかです。

青木聡「PAS(Palental Alienation Syndrome:片親疎外症候群)について」8頁は、ウォーシャック(Warshak、2003)の所見を紹介し、次の3要素の立証を、片親疎外認定の条件として示しました。①別居親に対する一連の誹謗中傷や拒絶(エピソードが単発的ではなく、持続的)、➁不合理な理由による拒絶(別居親の言動に対する正当な反応といえない疎外)、③同居親の言動に影響された結果としての拒絶

このような要件で同居親に帰責できる片親疎外があると言えることについてはあまり争いはないでしょう。

問題は、特に③については、調査官らの恣意的な認定がなされることが多いことです。

当事者や代理人において、事前に証拠に基づき意見を出すなどして、調査官の恣意的意見を抑止することが重要です。

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