
執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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目次
地震と損害賠償
第1 地震被害と損害賠償
目次
宮城沖地震についての裁判例
阪神淡路大震災についての裁判例
阪神淡路大震災時のホテル倒壊による宿泊客圧死についての裁判例
神戸地方裁判所平成10年6月16日判決は、阪神大震災でホテルが倒壊し、宿泊客が圧死したという事故について、ホテルの設置に瑕疵があったとして、損害賠償責任が認められました。
同判決は、「被災増床は、その増築手法の結果、地震の際にその接合部が破壊され易いという構造的な危険性を有することになっていたものであり、本件建物は、被災増床において、地震に耐えて崩落・倒壊を免れ、もって建物内を安全な移住空間として保つという通常要求される強度を保持していないことが明らかであり、その設置に瑕疵かある」として、民法717条の工作物責任としての損害賠償を認めました。
同訴訟では、不可抗力の主張も出されましたが、判決は、「被災増床以外の本件建物や近隣の古い木造家屋が倒壊していないという状況を踏まえて、なお、本件事故が不可抗力によって発生したことを裏付ける事実関係を認めることはできない」として、不可抗力の主張を排斥しました。
このように、近隣の建物が壊れていないのに、対象の建物だけ壊れているような状況があると、不可抗力とは言いにくいことになるでしょう。
このような判断の仕方は現在でも通用するものと思います。
阪神淡路大震災による賃貸マンション倒壊と賃借人死亡についての裁判例
神戸地裁平成11年9月20日判決は、阪神淡路大震災による賃貸マンション倒壊による賃借人死亡の事例について、賃貸人・所有者の損害賠償責任を認めました。
同判決は、
ⅰ 本件建物が設計上も壁厚や壁量が不十分であること
ⅱ 実際の施工においても、コンクリートブロック壁に配筋された鉄筋の量か十分でないこと
ⅲ 鉄筋が柱や梁の鉄骨に溶接等されていないため壁と柱とが十分緊結されていない
等の事情があり、補強コンクリートブロック造構造の肝要な点に軽微とはいえない不備があり、建築当時を基準に考えても、建物が通用有すべき安全性を有していなかったものとして、工作物責任としての損害賠償を認めました。
しかし、当該地域は震度7地域で、多数の建物が解体撤去されたなどの事情を踏まえ、想定外の地震力も作用したとして、損害額の5割についてのみ賠償を認めました。
瑕疵があったとしても、不可抗力による倒壊なのであれば、損害賠償責任をまったく認めないという判断もありうるかと思います。
しかし、同判決は、同じ倒壊するにしても、瑕疵があった場合となかった場合とでは倒壊の仕方(ひいては救命可能性)に影響がありえたため、5割の損害賠償責任を認めたものと考えられます。
宮城県沖地震についての裁判例
大阪北部地震では、女の子が倒壊した塀のために亡くなるなど、痛ましい事件が発生しました。
この点、ブロック塀の倒壊の危険性は宮城県沖地震のときから問題とされていました。宮城県沖地震では、男児が倒れてきたブロック塀の下敷きとなって即死するという事件が発生しています。
ご遺族は仙台地裁に損害賠償請求を起こしました。
しかし、仙台地裁昭和56年5月8日判決は、震度5程度の地震が仙台市近郊で通常生ずることが想定される最大級の地震である、よって震度5の地震に耐えうる安全性がないことが明らかでない限りブロック塀に瑕疵があったとはいえない、実際には震度5を超える地震であった可能性があったのでブロック塀に瑕疵があったとはいえないと判断しました。
判決の言葉は以下のとおりです。
「仙台管区気象台で最近五〇年間に観測された仙台市における地震のうち、震度四以上のものは別表(一)のとおりであつて、これによると、仙台においては過去において震度六以上の地震の観測例はないことが認められ、右に加えて建築基準法施行令八八条において水平震度が○・二と定められていたこと等の諸事情を考慮すると、本件ブロック塀築造当時においては、震度「五」程度の地震が仙台市近郊において通常発生することが予測可能な最大級の地震であつたと考えるのが、相当である。」
その上で、震度5を超える地震により塀が倒壊した可能性があったとして賠償責任を否定しました。
参照:震度5を超える地震について法的責任を否定した仙台地裁判決
このように、震度5を超える地震で塀が倒壊しても、法的責任は発生しないという判断基準となっています。
この震度5基準については、東日本大震災の液状化をめぐる裁判例において否定されつつあります。
東日本大震災時の液状化をめぐる裁判例
ところが、その後、構築物の倒壊については、必ずしも震度だけではないという知見が認められるようになっており、裁判所も単純に震度だけを基準とはしないようになっています。
東日本大震災後の地盤沈下についての裁判例である東京地裁平成27年1月30日判決は、「同じ震度5強程度の地震であっても,本件液状化被害をもたらさないもの(通常の継続時間の地震で,これまで想定され,予見されてきた地震)と,もたらすもの(長い継続時間の地震で,これまで想定されず,予見されていなかった地震)があり,本件液状化被害は正に後者に当たる本件地震によって発生したものと認められるから,被告には,本件液状化被害を発生させる原因力となるような震度5強の地震が発生し,これによる本件液状化被害が発生することにつき予見可能性がなかったものと認められる。」として、震度5での地盤沈下についても、長時間継続の地震については法的責任が発生しないとしています。
このように、地震により構築物が倒壊した場合には、震度だけではなく、継続時間等も含め、それが予見可能なものだったか等により法的責任が判断されることになります。
第2 台風被害と損害賠償
台風による風による被害と損害賠償
東京地裁平成17年7月22日判決は、風速毎秒54・9メートルの風が観測され、屋根材などが落下したという事故について、従来落下などがなかったこと、風速50メートルを超える強風で落下したため瑕疵があったとは言えないとして賠償責任を否定しました。
他方、東京地裁平成27年4月13日判決は、以下のとおり述べ、毎秒33ないし39メートル程度の強風により足場が崩落した事故について、周囲にあるビルにより強風が発生する環境にあったのに対策を講じなかったとして、建物所有者に賠償責任を認めました。
「本件事故は,本件台風によって発生した強風によって発生したものであるところ,本件解体工事は,台風が襲来することが予想される6月ないし7月頃に行われていたものであったこと,周囲に高層ビルがあるなどの本件隣接建物周辺の状況に照らせば,本件解体工事を請け負った被告Y1は,台風の襲来等によって,相当程度の強風が発生することを予見し,これにも十分に耐えられる強度で足場等を設計し,設置する義務があったというべきである。」
「それにもかかわらず,被告Y1は,本件足場について,毎秒28.6メートルの風速を基準に設計し,また,本件台風の接近後も本件隣接建物との連結を強化する措置等をとるように下請業者に指示せず,そのために,上記速度を超える強風によって本件事故が発生したものであって,被告Y1が,本件解体工事においてとるべき必要な注意義務を怠った結果,本件足場が倒壊するなどの本件事故が発生し,本件建物の外壁等が毀損するなどの被害が生じたというべきである。」
このように、かなりの強風による落下であれば責任が認められない可能性はありますが、かなりの強風による落下であっても、そのような強風が想定できる状況下であれば賠償責任が認められる可能性があります。あくまで責任は一律ではなく、各地域地域、各時代時代において、どの程度の強風が想定されるかによって違ってくることになります。そして、昨今のように強い台風が頻繁に来襲する状況においては、建物所有者などに今までより強い注意義務が課される可能性があるといえると思います。
台風による洪水の被害と損害賠償
河川の大水や洪水等による被害で自治体などを訴えた裁判は多くありますが、損害賠償責任を認めたものは多くはありません。
台風による大水で堤防が決壊する等して被害が生じた事件についての水戸地裁令和4年7月22日判決は、河川管理者において砂丘区域を河川に指定し、よって治水の観点から開発を抑制すべきであったのに、これを怠り、よって砂丘が掘削され、被害が生じたとして、河川管理者に国家賠償法上の賠償責任を認めました。
台風による洪水で宅地に被害が生じたという事件について、大阪高裁令和5年8月30日判決は、宅地開発に関わった自治体の賠償責任を否定しました。参照:台風被害についての損害賠償責任についての裁判例
同判決は、
・自治体において、宅地売買に際し、本件売却地が特に水害発生の可能性が高いとされる場所にあると認識していたとはいえないこと
・当該台風と同程度の台風等の自然災害によって本件売却地に浸水被害が生じることについて、相当程度の蓋然性をもって具体的に認識、予見していたともいえないこと
・買主らは、本件各売買に際し、購入希望地やその周辺の浸水リスクについて、ある程度は認識し、又は認識することができた
として、「本件各売買に際し、1審被告と買主原告らとの間で本件売却地に係る浸水被害のリスクに係る情報の格差がそれほど大きかったとはいえないから、1審被告の職員らに、買主原告らに対し、契約締結における自己決定権を侵害したといえるような説明義務違反があったとは認められない。」とし、賠償責任を否定したのです。
しかし、「未曾有」の水害が頻発し、立地適正化の必要性が叫ばれる昨今、このような基準で損害賠償責任を否定するのが妥当かどうかは疑問が残ります。
一般市民よりははるかに災害についての情報を多く持っている自治体や不動産業者は、水害発生の危険性がハザードマップ等により認められる土地を売買等する場合には、その旨告知すべき義務を負い、告知がなされない場合には水害による被害について損害賠償責任を負うべきと考えます。
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