執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
まずはお電話(025-211-4854)か、メールでご連絡ください。
薬剤の誤投与は重大な結果を招くことがある医療過誤ですが、中々なくなりません。
誤投与については、多くの場合において医療機関の義務違反は争いにならず、どこまでの損害について賠償対象となるかが争われます。
以下、薬剤の誤投与をめぐる医療過誤の裁判例について説明をします。
1 誤投与において、どのような場合に注意義務違反が認められるか?
薬剤の誤投与があり、損害が発生した場合、診療契約を締結した医療機関側に賠償責任が生ずることについてはあまり争いがないでしょう。
この点、最高裁判決平成8年1月23日判決は、医師が、薬物の添付文書の注意事項に従わず投与をし、結果として症状・障害・死亡等の結果が生じた場合、過失が推定されるとしているところです。参照:薬剤の誤投与についての判例
しかし、個々の医療従事者に法的責任が生ずるかどうかについては若干の検討が必要です。
京都地裁平成17年7月12日判決は、塩化カルシウム注射液の注射を指示された准看護師が誤って塩化カリウムを投与した事案について、医師に注意義務違反を認めました。
同判決は、「医師が看護師等に対して静脈注射等の行為を指示する場合,医師は,その注射すべき薬剤の種類,注射量,注射方法,速度等について,指示に誤解が生じないよう,的確に指示することはもちろん,薬剤の種類や危険性によっては医師自ら注射したり,あるいは少なくとも注射の場に立ち合うなどして,誤注射等の事故発生を防ぐべき注意義務を負っている」のに、これを怠り、立ち合いのないまま准看護師に注射をさせたことから、注意義務違反が認められるとしました。
医師が指示をして、看護師等がそれに反する誤投与をして、損害が発生した場合、看護師等に損害賠償責任が生じうるのは当然ですが、監督を十分に行わなかった医師個人も損害賠償責任を負うことがありえます。
東京高裁平成17年1月27日判決は、硫酸ビンクリスチンの過剰投与により患者が多臓器不全で死亡した事件について、研修医の賠償責任を認めています。
同事案で、研修医は、他の医師の指示に従い、硫酸ビンクリスチンを過剰投与をしていました。
この点、裁判所は、能書を見れば他の医師の指示が誤りであることは直ちに判明したとしました。
その上で、研修医は、医療チームの一員として、医薬品の投与についてはその用法・用量に十分な注意を払うべき義務があるにもかかわらず,他の医師の誤った指示にいわば盲目的に従い,誤投与をしたとして、注意義務違反を認めました。
研修医や看護師などが、他の医師等の誤った指示に盲目的に従った場合でも、それが誤りであると気づくことができたのであれば、研修医らの注意義務違反は否定されないのです。
2 誤投与と損害との因果関係の判断
誤投与があり、その後何らかの症状・障害や死亡の結果が発生したとしても、ただちに誤投与とその症状等との間に因果関係が認められ、その症状について損害賠償が認められるわけではありません。
ⅰ 誤投与された薬剤から症状等が生ずる可能性がどの程度あるか、
ⅱ その他の原因からその症状等が発生する可能性がどの程度あるか、
ⅲ 誤投与されてから、どの程度時間が経過してからその症状等が現れたか
等の要素を考慮して、誤投与と症状等との因果関係が判断されることになります。
東京地裁平成27年8月6日判決は、添付文書上の望ましいとされている約5倍の速度でプロビトールを投与し、患者が後で血圧低下などに陥った事例において、誤投与の注意義務違反について医療機関側が争わないとして、注意義務違反を認めました。
遺族側は、患者がアナフィキラシーショックに陥ったのは誤投与によると主張していました。
しかし、裁判所は、アナフィキラシーショックであれば生じるであろう血圧の低下が投与の11時間後に生じた等として、誤投与とアナフィキラシーショックとの因果関係を認めず、損害賠償を認めせんでした。
このように、ある症状が誤投与によるものかどうかを判断する上では、誤投与により生じうる症状の発症時期が重視されることになります。
3 医療過誤のお悩みは弁護士齋藤裕(新潟県弁護士会所属)にお問合せください
さいとうゆたか法律事務所トップはこちらです。