特別受益はどのような場合に認められるか?(学費、持ち戻し、相続分譲渡)

さいとうゆたか弁護士

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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目次

1 特別受益の仕組み

2 特別受益の持ち戻し免除の意思表示の推定

3 相続分の譲渡が特別受益となるか

4 進学費用と特別受益

5 新潟で相続、遺産分割のお悩みは弁護士齋藤裕へ

 

1 特別受益の仕組み

特別受益の基本的な仕組み

民法903条1項、2項は以下のとおり規定しています。

1項「共同相続人中に、被相続人から遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする」

2項「遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない」

つまり、生前に被相続人から特別受益としてお金を受け取るなどした相続人については、計算上そのお金を一旦相続財産に戻す必要があるとされているのです。

保険金と特別受益

相続人が、被相続人が契約した生命保険の受取人として保険金を受け取った場合、原則として特別受益とはなりません。

しかし、最高裁平成16年10月29日判決は、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当」としました。参照:保険金が特別受益となりうるとした判例

このように保険金の受取人として受け取った保険金が特別受益となるかどうかの判断は、「保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべき」とされます。

ですから、遺産に比べ極端に高額な保険金を受領したような場合には特別受益が認められる可能性があります。

2 持ち戻し免除の意思表示の推定

この規定が適用されない場合について民法903条3項は以下のとおり規定しています。

「被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う」

これが持ち戻し免除の意思表示です。

実際には、明確な意思表示がないとしても、配偶者に対する生前贈与などについては、比較的容易に持ち戻し免除の意思表示があるものと認める裁判例が存在していました。

これは残された配偶者保護という理念に基づくものと考えられます。

そこで、配偶者保護という観点から、民法903条4項として、従来の裁判例を明文化する持ち戻し免除の意思表示推定規定が相続法改正で置かれました。

「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与したときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する」

このように、20年以上の夫婦間において、居住用建物等の生前贈与などがなされたとき、持ち戻し免除の意思が推定されることとなりました。

しかし、あくまで「推定」ですので、遺言書で持ち戻し免除をしないことを明記している場合などには推定が破られ、持ち戻し免除とはならないことに注意が必要です。

3 相続分の譲渡が特別受益となるか

民法903条1項は以下のとおり定めます。

「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」

これは特別受益と呼ばれる制度です。

特別受益は、被相続人からお金などをもらった相続人がいる場合、その分を計算上遺産に戻し、それを相続人間で分割するという制度です。

例えば、相続人Aに1000万円の特別受益があった場合、その1000万円を遺産2000万円に戻した上、再分割することになります。

相続人がA,B、Cの3人の場合、各自の法定相続分は3分の1ずつとなります。

そうなると、1000万円+2000万円=3000万円を3分の1ずつ分け合うことになります。

A、B,Cは各自1000万円ずつ取得することになりますが、Aは既に1000万円を受け取っています。

ですから、Aが遺産分割でもらえるのは0円ということになります。

そして、共同相続人の間でなされた無償での相続分の譲渡がここでいう「贈与」に該当し、特別受益に該当するかどうかが問題となります。

例えば、甲さんが亡くなり、その遺産6000万円のうち、妻乙さんが法定相続分に従い3000万円、子である丙さん、丁さんが1500万円ずつ取得することができたという事例について考えて見ましょう。

乙さんが、相続分を丙さんに譲渡し、丙さんが1500万円+3000万円=4500万円を取得することになった場合、相続分をもらったことは乙の相続との関係で特別受益に該当するかどうかが問題となります。

つまり、乙さんが3000万円の遺産をもっていた場合、丙さんに渡した相続分(3000万円)を特別受益として遺産に持ち戻すかどうかということです。

この点、最高裁平成30年10月19日判決は、相続分の譲渡も特別受益に該当しうるとしました。

ですから、上記の例では、丙さんが乙さんからもらった相続分3000万円も特別受益として遺産に持ち戻し、6000万円の遺産を丁さんと半々(3000万円ずつ)で分けることになります。

しかし、乙さんはすでに相続分3000万円を受領していますので、実際には乙さんはもらえる分がないことになります。

相続分の譲渡は比較的よく行われるものであり、同最高裁判決は実務上重要な意味を持つことになると思われます。

参照:相続分の譲渡と特別受益についての判例をご覧ください。

4 進学費用と特別受益

進学費用も特別受益となる場合があります。

大学進学費用と特別受益

山形地裁令和1年12月19日判決は、

原告X1は,亡父に,I大学の学費等の一部を出してもらっていたところ,原告X1以外の亡父の子は,誰も大学に進学していないことに照らすと,亡父による学費の負担は特別受益に当たるといえる。また,原告X1は,高校を卒業後,I大学に入学するまでの間,予備校に通っており,その費用も亡父に出してもらっていて,その額は昭和52年について10万円,昭和53年について20万円であったところ,これもI大学の学費と同様,特別受益に当たるといえる。」として、1人の子だけが大学進学したケースで、予備校や大学の学費について特別受益性を認めました。

ただし、同判決は、「被告Y1は,原告X1が予備校及びI大学に通っていた時の生活費についても,亡父が負担しており,これも特別受益に当たると主張するが,このような生活費の負担は,親の子に対する扶養義務の履行ともいえるのであって,相続分の前渡しとは解し難いから,特別受益に当たると認めることはできない。」として、在学時の生活費分については特別受益性を認めませんでした。

しかし、裕福で教育水準の高い家庭、子どもがみんな進学したような家庭については、大学進学学費が扶養の一部とされ、特別受益とはされないことがあります。

大学院進学費用と特別受益

そうはいっても、大学院進学費用については扶養の一部とされることは少なく、特別受益の対象となることが多いと思われます。

この点、名古屋高裁令和1年5月17日決定は、大学院進学費用・留学費用を扶養の一部とし、特別受益であると認めませんでした。

同決定は、

・被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて高度の教育を受けることが特別なことではなかったこと

・大学院に進学し、留学した相続人(Xといいます)において、学者、通訳者又は翻訳者として成長するために相当な時間と費用を要することを被相続人が許容していたこと

・Xが自発的に被相続人に相当額を返還していること

・被相続人がXに対して援助した費用の清算や返済を求めるなどした形跡がないこと

・被相続人は生前経済的に余裕があり、他の相続人やその妻に対しても高額な時計を譲り渡したり、宝飾品や金銭を贈与したりしていたこと

・他の相続人も一橋大学に進学し、在学期間中に短期留学していること

などとして、大学院進学費用・留学費用を特別受益に該当しないとしました。

このように特別受益に該当するかどうかは、その支出自体の性質のみならず、被相続人一家の経済的状況、他の相続人の進学状況等によっても左右されることがあるので、総合的に検討することが必要です。

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