契約に向け交渉していたが契約を締結できなかった場合の損害賠償 契約締結上の過失

さいとうゆたか弁護士

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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1 契約締結上の過失

契約を締結した場合、両当事者は契約内容に拘束されます。

違約があれば債務不履行として損害賠償の対象となる可能性もあります。

しかし、契約締結に向け交渉中に契約を締結しないことになった場合、一方当事者が契約を締結してもらえないことによって損害を被ったとしても、契約が締結されておらず、債務不履行にはならないので、損害賠償の請求ができないのではないか、問題となります。

この点、裁判例においては、契約交渉段階に入った当事者は、相手方に損害を被らせない義務を負い、それに違反して相手方に損害を被らせた場合、契約締結上の過失として損害賠償責任を負うとしています。

以下、どのような場合に契約締結上の過失が認められるのか、紹介します。

2 契約締結上の過失を認めた裁判例

健康診断業務についての契約締結上の過失を認めた裁判例

東京地裁令和5年5月9日判決は、健康診断業務を行う法人が、被告との間で業務を受託できると期待して業務に関連する支出をしていたという事案において、被告に対し、受託を前提として支出した費用についての損害賠償を命じました。

同判決は、

ⅰ 法人が20年もの長きにわたり被告から健康診断業務を受託してきたこと

ⅱ 当該年度についても、法人は被告の協力を得て健康診断業務を行う準備をしてきたこと

から契約締結の成熟度が高く、かつ、被告が合理的な理由もないのに契約締結をしなかったとして(帰責性がある)、損害賠償を命じました。

ただし、損害額は、契約締結を前提に支出された費用分(信頼利益)にとどまり、受託した場合の報酬額相当分は対象外とされました。

商品納入契約の不更新について損害賠償を命じた裁判例

千葉地裁平成17年7月11日判決は、納入業者が1年毎の契約を繰り返し締結し長年商品を納入してきた場合において、短期間の事前予告だけで新たな納入契約を締結しないこととしたとして、契約締結上の過失を認め、契約締結を前提に供出した費用の損害賠償を命じました。参照:契約締結上の過失についての裁判例

ホテルの借り上げ契約について契約締結上の過失を認めた裁判例

岡山地裁令和7年1月28日判決は、自治体が新型コロナウイルスの受け入れ施設としてホテルを借り上げる契約に向け交渉していたものの、最終的に締結しなかったことについて、損害賠償責任を認めました。

この事件では、

ⅰ 自治体とホテルとの間で借り上げに向けての具体的交渉がなされ、自治体から交渉の4日後に借り上げ開始を希望するとの伝達があったこと

ⅱ ホテルは、自治体からロビーに内線電話を2台設置することなどの要望を受けたことから、これを
受けて、同日のうちに業者にロビー仮設電話機増設工事等を発注して施工していること

ⅲ 自治体からホテルに、本件賃貸借契約書案の送付があったこと

ⅳ 自治体からホテルに本件賃貸借契約を締結しないこととなった旨が伝えられるまで、本件賃貸借契約書案において示された賃貸期間や賃料額についてこれらを変更する方向での協議がなされたことはうかがわれないこと

ⅴ 本件賃貸借契約の締結が確定的となった場合の内覧会の実施やマスコミ対応についても話し
合われている

等の事情があり、裁判所は、「これらの事情等によれば、原告と被告との間の本件賃貸借契約締結に向けての交渉は相当に成熟していたものであり、被告の庁内での了解を得れば、おおむね本件賃貸借契約書案のとおりの内容で本件賃貸借契約の締結に至る段階にあったということができ、原告においては、本件賃貸借契約が締結されることは確実であると合理的な期待を抱いていたものと認められる。」、「自治体は正当な理由のない限り、本件賃貸借契約締結に向けての原告の合理的な期待に反した行動をしてはならないとの信義則上の義務を負っていたものと認めるのが相当である。」として、契約を締結しなかったことによる損害賠償を命じました。
なお、コロナ患者受け入れ準備のため休館していたことによる逸失利益の損害賠償も命じられています。参照:ホテルとのコロナ患者受け入れのための借り上げ契約を締結したかったことについて損賠賠償を命じた裁判例

契約締結上の過失が認められるのはどのような場合で、どのような損害について賠償が認められるか?

以上のとおり、長年の契約更新の実績などから契約締結について強い期待が認められるのに、それを一方的に破棄し、よって契約締結がされる前提で他方当事者が費用を支出等した場合には、その費用等(信頼利益)について損害賠償が命じられる可能性があるということになります。

契約締結を前提に行動した結果生じた逸失利益についても賠償の対象となりうることになります。

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