スパイ防止法(情報機関強化、外国代理人登録法)について

 現在、国民民主党、維新の会等において、「スパイ防止法」等の制定を提言しています。

 その具体的内容は必ずしも具体的ではありませんが、市民の権利等に大きな影響を与える可能性があるため、現時点で判明している内容のうち、特に影響の大きい情報機関の強化等、外国代理人登録法について以下意見を述べます。

第1章 情報機関の強化等について

第1 情報機関の強化等についての議論状況

 国民民主党は、インテリジェンス機関の統轄機関の設置、インテリジェンス能力の近代化、企業における情報防護のための対策を国が支援することなど、インテリジェンス機関の増強を提言しています。同時に、国民の自由と人権を脅かすことがないように、行動をチェックする部署を設置し、さらに統轄機関においての確認を義務付けるとしています。

第2 情報機関を強化する立法事実を検討すべきこと

 情報機関においては、スパイについての調査もするでしょうが、スパイはスパイという名札をつけて公然と活動しているわけではないので、情報機関によるスパイ調査は、必然的にスパイではない一般市民に対する調査にも及びます。その過程で市民のプライバシー権などの権利が侵害される可能性があります。

 実際、情報機関による行き過ぎた監視活動がプライバシーを侵害したとされる事案もあります。東京高裁平成16年2月25日判決(判例時報1860号70頁)は、公安調査庁が、元公安調査庁職員に対し、公安調査庁による立ち入り調査の状況を撮影したビデオを公表させるのではないかという懸念からなされた調査について、「二四時間体制で控訴人の居宅を監視し、控訴人の外出時には尾行」したものであるとして、プライバシー侵害による損害賠償を認めているところです。

 また、公安警察による調査活動としては、神奈川県警が警備情報取得目的で政党幹部の自宅電話を盗聴していたという事件もあります。この事件の付審判請求事件について、最高裁平成1年3月14日決定(最高裁判所刑事判例集43巻3号283頁)は、「警察官である被疑者林敬二及び同久保政利は、職務として、日本共産党に関する警備情報を得るため、他の警察官とも意思を通じたうえ、同党中央委員会国際部長である請求人方の電話を盗聴したものであるか、その行為が電気通信事業法に触れる違法なものであることなどから、電話回線への工作、盗聴場所の確保をはじめ盗聴行為全般を通じ、終始何人に対しても警察官による行為でないことを装う行動をとっていたというのである。」との事実認定をしています。

 公安警察については、市民運動に関わる市民の情報を「通常行っている警察業務の一環」として民間企業等に提供してもおり、そのような提供については名古屋高裁令和6年9月13日判決はプライバシー侵害として損害賠償を命じています。

 これらの事例は、たまたま表に出てきた事例であり、同様の事例は少なくないと思われます。このように、情報機関による調査が市民のプライバシーを侵害する危険をはらんでいる以上、その拡大強化につながる立法を行うに当たっては、現状において十分な調査をなし得ないことについての立法事実が明らかとされる必要性がありますが、いまだに明らかにされているとは言い得ません。 

第3 情報機関をチェックする第三者機関の設置の必要性

 日弁連は、「デジタル社会において人間の自律性と民主主義を守るため、自己情報コントロール権を確保したデジタル社会の制度設計を求める決議」において、「情報機関の監督権限とその行使について、厳格な制限を定め、独立した第三者機関による監督を制度化すること」を提言しています。より具体的に言うと、「情報機関の活動については、その権限に対して法律により限定を行った上で、個人情報保護委員会又はこれとは別個に独立した専門の第三者機関が、職権で、特定秘密や情報機関が集めた情報、デジタル庁が共通仕様化した情報等の中身までをもチェックし、これに対して是正の勧告・命令ができる制度」を提言したものです。

 これは、国が個人情報を収集する制度が続々と成立しているにも関わらず、「その情報収集の対象や条件はあいまいであり、かつ収集後の情報の保管・利用等の状況はほとんど明らかにされていない」ため、自己情報コントロール権保障の観点から提言したものです。

 現在においても、各種情報機関による活動実態は明らかとなっていないことから、上記提言の内容は現在においても通用すると考えます。

 現状においても、上記の要件を満たす第三者機関は必須ですが、情報機関の増強をはかるのであれば、第三者機関の設置は前提条件となると考えるべきです。

第2章 外国人代理人登録制度について

第1 外国代理人登録制度についての議論状況

 国民民主党は、外国政府等の代理人について登録等を義務づける立法を提言しています。 

第2 アメリカにおける外国代理人登録制度の運用

 以下、日本において情報を入手しやすいアメリカの外国代理人登録制度について概観を行います。[1]

1 アメリカにおける外国代理人登録制度の内容

アメリカの外国代理人登録制度は、1938年に制定された外国代理人登録法に基づきます。略称はFARAであり、以下でもFARAと称します。

FARAは、合衆国内で、外国主体の代理で政治活動、広報活動の相談、広報代理人、情報サービス被用者、政治的コンサルタント、寄付・借金・お金・その他の価値ある物を外国主体の利益のために求め、集め、支払うこと、合衆国政府の機関や公務員の前で外国政府の利益代表する外国代理人“agent of a foreign principal”に、司法省への登録と公開を義務付けています。加えて、FARAは、代理人に、継続的に、外国主体の利益のために合衆国で伝播される情報素材に目立つようにラベリングすることも求めています。

外国代理人は、機関、代表、従業員、使用人、外国主体の指令、要望、コントロールのもとで活動する者で上記の行為に従事する者をいいます。

外国主体“foreign principal”は、外国政府、外国の政党のみならず、合衆国外のいかなる人、外国法下で作られた団体や外国に本店がある団体も含みます。

FARAは外国の影響による国家安全保障への脅威に対処するための制度であり、外国による影響を透明化することが目的です。

故意による違反の場合、5年以下の拘禁、25万ドル以下の罰金、あるいは双方が課されます。[2]

2 外国代理人登録制度への批判と実態

 アメリカにおけるFARAについては、外国主体の範囲が広範であること、どのような場合に代理人とされるのか不明確であること、FARAの規制や報道機関や非営利活動法人等の活動に大きな悪影響を与えることが指摘されています。[3]

 現実の運用を見た場合、このような指摘は根拠のないものとは言えません。

 例えば、2024年7月、Southern District of New York のU.S. District Court に、韓国の情報機関の代理人とされた国際問題の専門家がFARAに基づく登録をしていなかったことなどを理由に起訴された事案においては、その者において、情報機関関係者に質問をする等して得た情報を雑誌に掲載等した行為も含めて外国代理人であるとの主張がなされています。[4]例えば、報道機関において、外国政府関係者等にインタビューをし、その結果を報道等することは通常の報道活動です。

確かに、外国政府関係者からのインタビューを報道する場合、当該外国政府の見解が国内に影響を与えることになる場合もあるでしょう。しかし、取材源が明らかではない報道の信頼性は限定的であろうし、市民は種々の報道に接し、事実について判断することが想定されているのであり、このような行為について法規制をすることには大きな問題があると思われます。

3 日本において外国代理人登録制度について検討をする際の視点

 上記のとおり、FARAのような外国代理人登録制度を導入した場合、登録対象となる者においては、外国代理人登録及び定期的報告を義務付けられることとなることが想定されます。

 報道機関等について外国代理人登録をする場合、それは取材源の開示を意味することとなる可能性があります。弁護士については、守秘義務と抵触する可能性があります。その他の者についても、その活動内容の開示により活動に重大な支障が生ずる懸念があります。また、外国人排斥の声が高まる状況において、外国代理人登録やその表示をすることが対象となる者の評価を低下させ、その活動の支障となることも考えられます。

 このように、外国人登録制度は、対象となる者らの活動に悪影響を与え、関連する権利(報道の自由、表現の自由、裁判を受ける権利等)を侵害する事態もありえます。

要件の定め方が不明確あるいは広範である場合には、上記の国際問題の専門家が韓国の情報機関の代理人とされた事例のように、通常の報道における取材と区別がつかないような行為まで外国代理人の行為としてとらえられ、登録を強いられる危険性もあるであるでしょう。なお、外国代理人が行う行為についてロビー活動に限定する場合でも、外国代理人の行為についての要件があいまいな場合は、NGO等が外国政府関係者に聞き取りを行い、その結果を踏まえてロビー活動をすると、外国代理人とされる懸念も払しょくできないと思われます。

 この点については、外国政府から外国代理人に対してなされる指令等の要件を明確化することで回避できるという主張もあるでしょう。しかし、指令等についてはその性質上立証することが困難であり、対象となる者が外国政府と接触したこと、対象となる者が行ったロビー活動などの行為、外国政府の行った情報提供と行為との関連性等から指令等を推認せざるを得ない場合も多いと考えられます。そうすると、現実には、単なる外国政府による情報提供があったに過ぎないようなケースも含め指令等があったと疑われ調査がされ、立件される懸念は払しょくできないと思われます。

そうであれば、かかる制度を創設する場合には、慎重に立法事実の有無を審査した上でなされるべきです。かかる立法を行うのであれば、まず、わが国において、外国代理人によるスパイ行為等がなされており、現行の特定秘密保護法、重要経済安保情報保護法、自衛隊法、国家公務員法、地方公務員法、不正競争防止法などの法規制、あるいは秘密を取り扱う公務員に対する保秘についての教育訓練等では十分対処しきれない事例があることが立証される必要性があります。 

しかし、そのような事例は明らかにはされていません。

よって、現時点で、外国人代理人登録法の立法はされるべきではありません。


[1] ロシアの外国代理人管理法については、【ロシア】[立法情報]外国の影響下にある者の活動の管理に関する法律。同法については、NGO等に対する弾圧であるとの批判もなされている。ロシア連邦:施行から1年、「外国エージェント法」が自由を奪う : アムネスティ日本 AMNESTY

[2] 司法省サイトForeign Agents Registration Act | Frequently Asked Questions

[3] The International Center for Not-for-Profit Lawのサイト。FARA’s-Danger-to-Civil-Society-at-Home-and-Abroad.pdf

[4] 司法省のFARA関連サイト。https://www.justice.gov/d9/2024-07/u.s._v._terry_indictment_0.pdf

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