介護施設・高齢者施設における転倒事故・誤嚥事故、送迎中の事故の損害賠償責任

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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1 介護施設における転倒事故と損害賠償責任

高齢化に伴い、ほぼ不可避的に介護施設における転倒事故が多発するようになってきており、その損害賠償責任が問われる事例も少ないものではなくなっています。

さいたま地裁平成30年6月27日判決は、短期入所生活介護サービス利用者が口腔ケア中に転倒し、右大腿骨頚部を骨折したという事案について、事業者の損害賠償責任を一部ながら認めました。

同判決は、以下のとおり、施設職員が口腔ケアに立ち会うなどしなかったことが安全配慮義務違反に該当するとしました。

Aは、従前から1人で口腔ケアを行っており、具体的には、洗面所の壁に左肩をもたれかけるようにしてうがいをしており、被告の職員は、Aが上記のようにうがいをするのを見ていた。ところが、そうするとAは、壁に左肩をもたれかけて体を支えつつ、蛇口に左手を伸ばして水を汲み、口をゆすぎ、洗面台に水を吐き出すなどの動作をすることになるから、当時のAの身体能力や洗面所内に支えになる手すりや家具がないことも踏まえれば、被告の職員は、Aがバランスを崩すなどして転倒することを、十分具体的に予見しえたと言うべきである

したがって、Aの転倒を防ぐ義務を負う被告としては、本件事故の当時、Aの口腔ケアに付き添うか洗面所内に椅子を設置するなど、転倒を防止するための措置を講ずる義務を負っていたと認められる。それにもかかわらず、被告は、転倒を防止する措置を何ら講じず、その結果本件事故が発生したのであるから、被告は、本件事故の発生について、債務不履行(安全配慮義務)に基づく損害賠償義務を負うものと認められる

このように、利用者の具体的状況から、転倒が予見できる場合、施設側としては職員の付き添いなどの措置を講ずる義務を負うことになり、それに違反した結果転倒事故が生じた場合、損害賠償責任が負うことがありうることになります(なお、当該事案において、Aは骨折の末、誤嚥性肺炎にり患し、最終的には死亡するに至っています。しかし、誤嚥性肺炎の要因となった認知機能の悪化について、事故と因果関係があることを認めがたいなどとして、死亡による損害についての賠償までは認められていません)。

2 介護施設における誤嚥事故と損害賠償

広島地裁令和5年11月6日判決は、短期入所生活介護事業所において入所者の誤嚥事故(ゼリー)が発生し、窒息した事故について、損害賠償責任を認めました。

同判決は、当該高齢者は、その年齢や既往歴からして誤嚥を引き起こす危険性が特に高く、施設もこれを認識して、当該高齢者の食事の際の声掛けや見守りを行う方針としていたのであるから、誤嚥についての予見可能性があったとしました。

そして、同判決は、3名程度の施設職員が36名の施設利用者の食事の見守りなどを担当していたとしつつ、当該高齢者の配膳について、

ⅰ 他の施設利用者に対する配膳が終了した後に当該高齢者に対する配膳を行う、

ⅱ ゼリーを当該高齢者の手が届かない場所に配膳する

ⅲ 施設利用者全員への配膳や終わり、施設職員が食事の見守りや介助を確実に行えるようになった後にゼリーを当該高齢者の手元に移動させる、

という措置を取っていれば、誤嚥を防ぎ、あるいは誤嚥早期に気づくことができたとして、施設に損害賠償責任を認めました。

仮に、施設の職員の人数が十分でないとしても、それだけでは誤嚥事故について免責はされない、少ない人数の中でも誤嚥事故を防ぐためになしうる方策をとるべき、ということになります。

3 施設内での事故と施設の種類との関係

なお、上記したところは、かならずしも住宅型老人ホームや訪問介護業者には妥当しないと考えられます。

利用者が居室の窓から転落したことについての賠償責任が問われた福岡高裁宮崎支部令和3年4月21日判決は、

住宅型老人ホーム業者については、

・「介護等のサービスが付いた『介護付有料老人ホーム』ではなく、介護が必要となった場合、別途、入居者自身の選択により、地域の訪問介護サービスを利用するという『住宅型有料老人ホーム』であり、現に、被害者も、業者との間の本件入居契約とは別に、訪問介護事業者との間で、本件訪問介護契約を締結し、訪問介護事業者の職員から、個別の訪問介護サービスを受けて」いたこと

・訪問介護事業者については、

・「その対価である料金の額も利用回数によって増減される」こと

を根拠に、居室にいた際の転落事故について注意義務を負わないとしました。

住宅型老人ホームや訪問介護業者については、居室内に1人でいるときの事故について注意義務が認められない可能性があることに注意が必要です。

4 施設利用者の送迎中の事故と損害賠償

福岡地裁平成28年9月12日判決は、特別養護老人ホーム入所者が、帰宅中に階段で転倒し、最終的に死亡した事故について、施設側の損害賠償責任を認めました。

同判決は、

ⅰ 当該高齢者が本件事故当時には100歳に達し、骨粗しょう症のために骨折しやすくなっていた上,下肢筋力の低下,視力悪化により,歩行中に転倒する恐れがあったこと

ⅱ 本件事故の現場である下階段は,それ自体,段差があって平地に比べて足場がよいとはいえず,転倒した場合にはコンクリート製階段に体を打ち付け,更に転落した場合にはアスファルト製道路に体を打ち付けることになるし,本件事故当日は雨天のために手すりが濡れて滑りやすくなっていた

ことなどから、送迎担当の施設職員は、転倒により重大事故に至る危険性についての予見可能性があったとしました。

そのため、施設側は、当該高齢者「が下階段を上るに当たっては,常時,その身体を注視し,その身体を適切に支えて当該高齢者がバランスを崩して転落しないようすべき義務を負っていた」のに、その義務を懈怠したとして損害賠償義務を認めたのです。参照:介護施設の送迎中の事故について施設側に損害賠償責任を認めた裁判例

施設職員による送迎についても、高齢者の具体的状況や現場の状況等によっては、施設職員において転倒などを防ぐために適切な措置を講ずる義務が発生することになります。

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