移動時間と過労死・過労自殺(労災、労働災害)

さいとうゆたか弁護士

1 移動時間と過労死

過労死や過労自殺をめぐる裁判例においては、移動時間を労働時間とはみない傾向があります。

この点、札幌高裁平成30年10月16日判決は、以下のとおり述べ、出張の際の移動時間は長時間労働があったかどうか見るうえで労働時間としては扱うことができないとしています。

出張の際の移動時間は,一般的には,実作業を伴うわけではなく,また,会社から受ける拘束の程度も低いことから,通常の業務から受ける負荷と同一に評価することは適切ではない。

ただし、以下のとおり述べ、移動時間は業務起因性の有無を判断するにあたり考慮すべきものとしています。
しかしながら,バスや鉄道等における長時間の移動を伴う出張が身体的に相応の疲労をもたらすものであることは論を待たないところである。
また,それが多忙な時期に重なるとすれば,通常の業務に従事することができなくなるのであるから,通常の業務に皺寄せを来たし,そのこと自体心理的な負荷となることも明らかというべきである。ましてや,それが転勤直後であり,慣れない業務に従事しているような場合にはより一層心理的負荷が増すことも容易に想像できるところである。
しかるに,本件においては,往復9時間の移動時間を要し,1泊ないし2泊を伴う出張であって,前後二,三日にわたり通常の業務に影響を及ぼすものである。また,転勤後,初めての支店長としての慣れない業務をこなす傍ら,3か月で5回,しかもそれが北見支店の繁忙期にも重なるものであったものであり,このような長時間の移動時間を伴う出張自体がBにとって身体的な負荷となったことはもとより非常に大きな心理的負荷となったと考えるのが合理的である。
このことは,本件遺書の記載(「転勤して,いきなり毎月札幌出張はありえないです。北見から札幌迄どれくらいの移動時間かわかりますか?これはパワハラですよ。(精神的苦痛と肉体的苦痛)」),Bの同僚らへのメール(「札幌に出張が多いから段取りが上手くいかないんだ」,「私は,北見支店に来て,1ケ月が経ちました。札幌に2回も出張で疲れました。」)からもうかがわれるところである。
極度の長時間労働が心身の疲労,消耗がうつ病等の原因になること,長時間労働それ自体が心理的負荷を生じさせるものであることは認定基準の説くところであり,出張の際の移動時間労働時間とみることはできないとしても,上記のような身体的,心理的負荷については,業務起因性の有無についての判断の総合考慮の一要素とするのが相当である。
したがって,Bの出張に伴う移動時間について検討の対象とする余地はない旨の被控訴人の上記主張は,採用できない。

このように出張中の移動時間については、労働時間とは同視できないまでも、過重労働であることを裏付ける要素となりうるものです。

2 移動時間を労働時間として認めた事例

他方、移動時間を労働時間として認める取扱いや裁判例もあります。

厚生労働省労働基準局補償課長「労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について」は、「移動時間については、使用者が、業務に従事するために必要な移動を命じ、当該時間の自由利用が労働者に保障されていないと認められる場合には、労働時間に該当するものであること。この基本的な考え方により、所定労働時間内に業務上必要な移動を行った時間について
は、一般的には、労働時間に該当すると考えられるが、所定労働時間外であっても、自ら乗用車を運転して移動する場合、移動時間中にパソコンで資料作成を行う場合、車中の物品の
監視を命じられた出張(※)の場合、物品を運搬すること自体を目的とした出張の場合等であって、これらの労働者の行為が使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされていた
ものであれば、労働時間として取り扱うことが妥当であり、労働時間に該当するか否かを、実態に応じて個別に適切に判断すること。」としています。

以下、出張中の移動時間を労働時間とみなした裁判例をご紹介します。

高知地裁令和2年2月28日判決

高知地裁令和2年2月28日判決は、過労自殺に関わる判断において、出張中の移動について、「少なくとも部下が上司とともに移動する形態での出張については、移動中も部下は心理的、物理的に一定の緊張を強いられることが通常であって、心身への負荷がかかるから、移動時間も労働時間として参入するのが相当である」として、上司と一緒に移動する場合には出張中の移動時間も労働時間に含まれるとしました。

神戸地裁平成22年9月3日判決

神戸地裁平成22年9月3日判決は、過労自殺に関わる判断において、「出張の際の移動時間については,使用者の指揮命令下に置かれたものとは認められないが,労働者は,移動時間中,当該交通機関に乗車する以外の行動を選択する余地はなく,その時間中不自由を強いられることからすれば,業務起因性の判断に際しては,これを労働時間としてとらえることが相当というべきである。本件において,亡Dは,韓国出張のため,日本から韓国まで飛行機に搭乗している時間だけでも片道1時間30分を要していたことが認められるから(乙37・4項,乙116・5頁),韓国出張に際しては,搭乗手続きまで含めた移動に要する約2時間についても労働時間として考慮するのが相当である。」として、上司が帯同しない出張中の移動時間も、少なくとも労災認定との関連では労働時間に含まれるとの判断を示しています。

3 新潟で過労死のご相談は弁護士齋藤裕へ

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