マタニティーマークをした妊婦の暴行事件の刑事責任はどうなるのか?

さいとうゆたか弁護士

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

さいとうゆたか弁護士

1 妊婦の暴行被害が多いと報道 妊婦の腹を蹴ると殺人未遂となるのか?

報道によると、札幌市の無職男性が妊婦の腹を蹴ったとして逮捕されたとのことです。

被害者にはケガがないということです。

母子とも健康で、無事出産されることを祈念しています。

これ以外にもマタニティーマークをつけている人の暴行被害が多いようです。

仮に、妊婦に暴行を加え、胎児にケガ等が生じた場合、どのような刑事責任が生じるのでしょうか?

2 胎児を死傷させた場合の法的責任

胎児は刑法上は人ではありません。

よって、妊婦に暴行し、胎児が死傷しても、胎児との関係では傷害罪等は成立しないのが原則です。

しかし、胎児水俣病に関する最高裁昭和63年2月29日判決は、以下のとおり述べて、被害者が胎児のときに加えられた加害行為(メチル水銀を排出させたこと)が原因となって、胎児が出生後障害が生じ、そのために死亡したという事案について、業務上過失致死罪の成立を認めました。

「現行刑法上、胎児は、堕胎の罪において独立の行為客体として特別に規定されている場合を除き、母体の一部を構成するものと取り扱われていると解されるから、業務上過失致死罪の成否を論ずるに当たつては、胎児に病変を発生させることは、人である母体の一部に対するものとして、人に病変を発生させることにほかならない。そして、胎児が出生し人となつた後、右病変に起因して死亡するに至つた場合は、結局、人に病変を発生させて人に死の結果をもたらしたことに帰するから、病変の発生時において客体が人であることを要するとの立場を採ると否とにかかわらず、同罪が成立するものと解するのが相当である。」参照:胎児について業務上過失致死罪を認めた判例

このように、胎児であるときに加害行為があった場合でも、その胎児が出生し、胎児時の加害行為を原因として死傷した場合には、その胎児の死傷の結果について業務上過失致死罪等が成立することになります。

故意による暴行罪や傷害罪、殺人罪等について別に考える理由はありませんから、妊婦に暴行を加え、その結果胎児が出生後死傷した場合、加害者は胎児の死傷の結果について傷害罪や殺人罪に問われる可能性があることになります。胎児が出生後死亡する現実的危険性のある行為があり、加害者においてそのような可能性を認容していた場合は殺人未遂罪の成立もありえなくはないでしょうが、妊婦のお腹を蹴るという行為についてそのような現実的危険性が認められるかというのは困難な問題です。

なお、胎児が出生しなかった場合には、胎児は母体とは独立した人とは認められないので、妊婦との関係で傷害罪が成立することになると思われます。

胎児は堕胎罪で保護されることになり、胎児を殺そうとすることは不承諾堕胎罪(刑法215条1項)となる可能性はあります。

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