執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長
近年、体外受精が増えています。
中には第三者による精子提供の事例も存在します。
第三者による精子提供があった場合、精子の提供者が生物学的には出生した子どもの親となるはずです。
しかし、問題はそう簡単ではありません。
これまで、裁判所では、死後に夫の精子を使って妊娠した子と亡夫との親子関係をめぐる争いについて判断が示されてきました。
松山地裁平成15年11月12日判決は、以下のとおり述べて、
「夫婦の同意によるAIHについては、性的交渉による妊娠が著しく困難であることを補うためのもので、かつ、懐胎後の経過も自然的生殖のそれと大きく違わない。また、子の出生後は、父母による養育・扶養が期待できるし、万が一、父母が死亡した場合でも、相続による財産の承継も予定することが可能であるから、子の福祉の観点からみても、問題はさほど大きくないと思われる。」
「本件の場合のごとく、精子提供者が死亡した後に、保存精子を用いて人工受精がされ、懐胎があり、子が出生したという場合には、上記の場合と同視できない。まず、死者について性的交渉による受精はありえないから、このような人工受精の方法は、自然的な受精・懐胎という過程からの乖離が著しい。そして、そのことが原因かどうかはともかくとして、社会的な通念という点からみても、このような人工受精の方法により生まれた子の父を、当然に、精子提供者(死者)とするといった社会的な認識は、なお、乏しいものと認められる。」
「その意味で、精子提供者が死亡した後、保存精子を用いて人工受精がされて、懐胎し、子の出生があったという場合において、精子提供者(死者)をもって、当然に、法律上の父と認めることには、なお、躊躇を感じざるを得ない。」参照:夫の精子を使って妊娠した子と亡夫との親子関係をめぐる判決
このように、精子提供者の同意のない妊娠について、生まれた子どもについて精子提供者との間の親子関係を認めませんでした。
この結論は、高裁では否定されましたが、最高裁ではやはり親子関係を認めない判断が維持されています。
石井路子東京都立大学教授の「人工生殖と親子関係」は、「AIDに同意した夫を父とするということは、裏返していえば、精子提供者は父とならないという考えである。問題は、独身女性が精子提供を受けて生殖補助医療によって子をもった場合である」として、前述の司法判断を踏まえると、第三者である精子提供者は出生した子の父とはならないとの見解を示しています。
このように、現時点では、精子提供者が父となる可能性は高くないとは言えそうです。
しかし、法律上明文の規定があるわけではなく、当事者は極めて不安定な状態にあります。
生殖医療の進歩に合わせ、早急に法的手当がなされるべきでしょう。
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