吸引分娩と医療過誤(産科事故)

さいとうゆたか弁護士

吸引分娩を巡る産科事故は少なくなく、医療機関側の損害賠償責任を認めた裁判例もあります。

以下、吸引分娩をめぐる裁判例をご紹介します。

1 山口地裁平成27年7月8日判決

山口地裁平成27年7月8日判決は、医療機関が、適応を欠くにもかかわらず吸引分娩及び鉗子分娩並びにクリステレル胎児圧出法を実施した結果、新生児が帽状腱膜下血腫を発症し、これを原因とする急性出血性ショックに基づく多臓器不全の状態となり死亡したという事案について、医療機関側の賠償責任を認めました。

同判決は、

・吸引・鉗子分娩は適応や手技を誤ると危険なものであり、帽状腱膜下血腫などの分娩外傷の原因ともなること、

・吸引・鉗子分娩と併用されたクリステレル胎児圧出法は、外部から圧迫を加えるもので、子宮胎盤循環の悪化が生じることが認められる

との知見を前提に、

・児頭が、未だ高い位置にあり、必ずしも吸引・鉗子分娩を実施すべき条件を満たしているかどうかは明らかでないこと

・子宮口全開大しているが、分娩第二期で分娩が遷延しているとか停止しているなどの状況はなく、初産婦母胎合併症などで分娩を急ぐ事情があるわけでもないこと

という事情のもとにおいては、

「適応を誤ると危険な結果を招来しかねない吸引・鉗子による牽引などの手技を直ちにとるのではなく、分娩第二期の推移を見守るか、胎児の状態をエコーなどで確認するなどして情報収集し、それに応じた処置をとるなど慎重に対応すべきであった。」としました。

それにもかかわらず、医療機関において、「硬膜下麻酔、吸引・鉗子分娩という手順を、その時点での児頭の位置及び胎勢を十分確認せず、また、吸引、鉗子のどちらがより適切かの検討も不十分なまま実施し、吸引分娩で直ちに児頭が下降しないことについて次の手技の適応如何の検討もせず、鉗子分娩に取りかかり、結果として、直ちに下降しない児頭に対し各手技を複数回実施するとともに、看護師二人をしてクリステレル胎児圧出法を実施して、胎児に過重な力を加えた過失があるというべきである。」として過失を認定し、賠償責任を認めました。

胎児にとって危険性の高い吸引分娩については、その必要性等を精査した上で実施する必要があるのです。

2 神戸地裁平成26年5月29日判決

神戸地裁平成26年5月29日判決は、

吸引分娩は,頭血腫,帽状腱膜下血腫,頭蓋内出血等の児合併症や母体合併症を惹起し得る侵襲的医療行為であること

・当該事案では,児頭の下降度が十分ではなくCPDが疑われる状況(境界領域)であったこと、出生時(41週)までの約1か月間推定体重の計測が行われていなかったことどからみて吸引分娩が失敗に終わる可能性があったこと,

・既に妊婦は子宮口全開大すなわち分娩第2期に入っており分娩が遷延し帝王切開の適応でもあったこと,

等の事情に照らし、

医師には、「吸引分娩の施行を決定するに先立って,特に急を要する事態の発生がない限り,分娩が遷延する妊婦の心身の状況を注視しつつ,適宜,急速遂娩術として吸引分娩を施行する必要性とその内容,これに付随する危険性(とりわけ臨床的にCPDに至る可能性の程度等)のほか,急速遂娩術には吸引分娩のほか帝王切開という方法もあること,そして,その内容と利害得失,予後等について説明すべき義務(以下「本件説明義務」という。)があった」

のに、その説明義務を果たさなかったとして、説明義務違反を認定しています。

吸引分娩の危険性に鑑み、医師には、妊婦に対しそのメリット・デメリットを説明し、十分な判断材料を提供する必要があるのです。

3 名古屋高裁令和3年2月18日判決

名古屋高裁令和3年2月18日は、クリステレル胎児圧出法を併用する吸引分娩を行う際に、医療機関側にはダブルセットアップを行う義務はないとし、賠償責任を否定しました。

被害者側は、「クリステレル胎児圧出法は、子宮及び胎児の循環環境を悪化させるリスクを伴っていたのであるから、帝王切開に切り替えが可能なように、病院の実情に合わせて1時間ないし1時間半前に麻酔科医を呼ぶなどの準備を整えるダブルセットアップをすべきであった」と主張しました。

しかし、判決は、現実に麻酔科医を待機させるという意味でのダブルセットアップを実現することが多くの医療機関において困難であるし、一般的ではないこと、クリステレル胎児圧出法の功罪についてエビデンスが乏しいことなどを踏まえ、患者側が主張する意味でのダブルセットアップの義務はないとしました。

しかし、クリステレル胎児圧出法の危険性についての知見の蓄積に伴い、裁判所の判断が変更される余地がないとも言えないでしょう。

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