執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
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固定残業代は、予め定額の残業代を定めておき、それとは別途残業時間に応じた残業代を払わないものです。
この固定残業代については、実質は基本給などと同質のものであり、これを払っても残業代支払い義務を果たしたことにはならないのではないか、問題とされることが多くあります。
固定残業代については、これまで最高裁を含め、多くの司法判断がされてきました。
以下、概要をご紹介します。
目次
1 固定残業代と明確区分性
2 残業代を精算する仕組み・時間外手当がきっちり精算されていることの要否
1 固定残業代と明確区分性
目次
固定残業代と最高裁判決
固定残業代と最高裁判決
最高裁平成29年7月7日判決は、以下のとおり述べ、固定残業代が残業代として認められるためには、通常の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが要件だとしています。参照:固定残業代についての平成29年最高裁判決
具体的には、同判決は、「上告人と被上告人との間においては,本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がされていたものの,このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったというのである。そうすると,本件合意によっては,上告人に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり,上告人に支払われた年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。」として、固定残業代を残業代として扱うことはできないとしています。
最高裁令和5年3月10日判決は、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるとの認定を前提に、「本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。」として、固定残業代の支払いにより残業代が支払われたものとみることはできないとしました。参照:固定残業代についての令和5年最高裁判決
固定残業代と下級審判決
東京地裁平成30年10月24日判決は、「職務手当」が固定残業代に該当すると主張された事件において、異なる職種間における職務手当の差異があったところ、これが時間外労働等の時間数の差異に基づき設定されたことを窺わせる形跡もなく、職種の違いに応じて設定されたとみるほかないとしました。その上で、「職務手当には,通常労働時間に対する賃金を補填する趣旨が含まれていたとみるほかないところ,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分との区分が明確になされているとはいえないから,職務手当の支給をもって割増賃金の支払とみることはできない。」として、「職務手当」が固定残業代に該当することを否定しました。
東京地裁平成30年3月16日判決は、
・他の名目で支給されていた手当が廃止され、固定残業代名目となったこと
・固定残業代と対応する残業時間算出の根拠が不明であること
・残業以外の要素で金額が変動するものであること
等として、固定残業代について,通常の労働時間の賃金に当たる部分とみなし残業代に当たる部分とを判別することができるとはいえない、としました。
東京地裁令和4年1月18日判決は、運転手の運行時間外手当が残業代と言えるかについて判断していますが、
・特殊な免許を持っている運転手なのに、基本給が最低賃金に近い
・運行時間外手当を残業代と解すると、1月あたり100時間もの時間外労働を想定することになる
・基本給の増額に伴い、運行時間外手当が減額されたことがある
との事情から、運行時間外手当には基本給に相当するものが含まれており、その部分と時間外手当の部分を区分できないとして、判別可能性がないとしました。
福岡地裁令和6年4月24日判決は、出張日当について、
・残業時間の有無や長短に関係なく一定金額が支払われるものとされていたこと
・残業手当の支給対象ではない役職者にも支給されること
・出張日当が固定残業代であることについて使用者が説明し、労働者がそれに同意していたとは言えないこと
をふまえ、対価性も、明確区分性もないとして、残業代であることを否認しました。参照:固定残業代についての福岡地裁判決
判例・裁判例が固定残業代について示す基準
このように、
ⅰ ある手当について、それが残業時間数に応じて設定されているのか、その他の趣旨のためにも設定されているのか(従来、残業代以外の名目で設定されていた手当が固定残業代にスライドした場合、その他の趣旨のために設定されているものとみなされる可能性がある。固定残業代算定の基準が不明な場合、残業以外の要素で固定残業代が増減する場合も、その他の趣旨のために設定しているものと疑われる)
ⅱ その他の趣旨のためにも設定されているとしたら、その他の趣旨のための部分と残業時間数に応じて設定された部分を明確区分できるのか
が問われることになります。
ある手当が残業時間数に対応する以外の趣旨を持っていて、しかも、残業時間数に対応する部分をその他の部分と明確に区別できない場合、その手当を残業代として扱うことはできません。
2 残業代を精算する仕組み・時間外手当がきっちり精算されていることの要否
最高裁平成30年7月19日判決は、固定残業代として認められるために、残業代を精算する仕組みを要するかどうかについて判断を示しています。参照:固定残業代についての最高裁平成30年判決
もともと、この事件について、東京高等裁判所は、「いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる」として、ⅰ 固定残業代では残業代に満たない場合に清算する仕組み、ⅱ 基本給と定額残業代のバランスの適切さ、ⅲ 時間外手当の不払いなど、固定残業代が労働者の福祉を害する温床となっていないことを固定残業代が残業代として認められる要件としていました。
これに対し、最高裁は、固定残業代が残業代として認められるために東京高裁が示す要件が満たされることは必須ではないと判断しています。
その上で、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価して支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況等の事情を考慮して判断すべきである」としています。
具体的には、当該事案において、固定残業代が残業代であることの説明がなされていたこと、固定残業代が実際の残業時間と齟齬していないことなどを踏まえ、固定残業代を残業代の支払いとみなしうるとしました。
ですから、最高裁は、固定残業代では残業代に満たない場合に清算する仕組みがなくとも固定残業代は残業代として認めらるとしました。
しかし、「労働者の実際の労働時間等の勤務状況等の事情」を考慮するとしており、かつ、当該事案においては固定残業代が実際の残業時間と齟齬していないことを固定残業代を残業代として認める理由としていることから、固定残業代と実際の残業時間の齟齬については、最高裁判決を踏まえても固定残業代の残業代性を否定する大きな武器になる可能性があります。
つまり、残業代を精算する制度がない場合でも、固定残業代と本来払うべき残業代の齟齬が大きい場合(特にそれが精算されてこなかった場合)、固定残業代が残業代としての性質を否定される余地は残っていると考えます。
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