長時間労働と使用者の安全配慮義務、損害賠償(過労死、過労自殺)

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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目次

1 長時間労働によるうつ病発症と安全配慮義務違反

2 経営陣側の従業員の長時間労働による労災

3 サポートのないまま困難な仕事をさせたことが安全配慮義務違反とされた事例

4 新潟で労災、過労死は弁護士齋藤裕へ

 

1 長時間労働によるうつ病発症と安全配慮義務違反

長時間労働によりうつ病を発症し、自殺などした場合、労災決定が出されることになります。

どの程度の長時間労働で労災決定が出るかについては、心理的負荷による精神障害の認定基準をご参照ください。

さらに、使用者に損害賠償請求をする場合には、使用者に安全配慮義務違反が存在する必要があります。

この安全配慮義務違反については、使用者側に疾病などについての予見可能性の存在が必要となります。

そのため、長時間労働により労働者がうつ病などり患した場合、使用者側が、「うつ病にり患していることは認識できなかった」などと弁解をし、安全配慮義務違反の存在を争うことが多くあります。

実際、長時間労働があっても、安全配慮義務違反を否定した裁判例としては、東京地裁令和2年9月3日判決等があります。

しかし、多くの裁判例においては、長時間労働の認識があれば予見可能性を認めており、使用者側にうつ病のり患についての認識がないからといって安全配慮義務違反を否定することは多くはありません。

長時間労働の認識から安全配慮義務違反を認めた札幌高裁平成25年11月21日判決

例えば、札幌高裁平成25年11月21日判決は、自殺1ケ月前の時間外労働96時間の事例について以下のように述べます。

長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険性のあることは周知の事実であり,うつ病等の精神障害を発症した者に自殺念慮が出現して自殺に至ることは社会通念に照らして異常な出来事とはいえないから,長時間労働等によって労働者が精神障害を発症し自殺に至った場合において,使用者が,長時間労働等の実態を認識し,又は認識し得る限り,使用者の予見可能性に欠けるところはないというべきであって,予見可能性の対象として,うつ病等の精神障害を発症していたことの具体的認識等を要するものではないと解するのが相当である。
被控訴人病院においては,職員の出退勤時刻を管理するためにタイムカードによる打刻が用いられていた。被控訴人に代わってAに対し業務上の指揮監督を行う権限を有するCは,臨床検査技師であるから超音波検査の習得が困難であることは把握していたし,本件自殺の1か月前(9月18日から10月17日までの期間),おおむねAとほぼ同時に退勤していた。このような事情からすると,被控訴人は,Aが時間外労働,時間外労働と同視されるべき本件自習をしていたことや,超音波検査についての習得状況などを認識し,あるいは容易に認識し得たと認められる。
これらの事実を踏まえると,被控訴人には,Aが過重な心理的負荷を蓄積することがないように,時間外労働,時間外労働と同視されるべき本件自習時間を削減したり,超音波検査による心理的負荷を軽減するための適切な措置を講じるべき注意義務があったというべきである。

このように、長時間労働によるうつ病り患及びその後の自殺などの事案については、労働時間の立証及びそれを使用者が容易に認識しえたことが安全配慮義務違反を認めさせるためのキーとなるのです。

労働時間がそれほど長時間でない場合に安全配慮義務違反を否定した奈良地裁令和4年5月31日判決

なお、安全配慮義務の前提となる予見可能性が認められるためには、ある程度以上の長時間労働が必要となります。

例えば、奈良地裁令和4年5月31日判決は、以下のとおり述べ、時間外労働30~60時間の場合、それだけでうつ病発症を予見できたとは言えないとしています。

平成26年10月から平成27年2月にかけての亡Dの時間外勤務の時間をみると、1か月当たり60時間を超える月もあったものの、30時間程度の月も見られ、亡Dがうつ病に罹患する前の6か月間において、過重な長時間業務がうつ病の発症を予見できる程度に常態化していたとまではいえない。そして、被告は、平成27年3月から同年4月にかけて、亡Dの業務量が過酷なほどに増加したことは認識していたものと認められるが、亡Dは精神科医院に通院を要するほどの心身の不調を明確に上司らに訴えたとは認められず、亡Dの業務の進捗状況にも問題がなかったこと等からすると、この頃に、上司らが亡Dの勤務態度等から精神疾患の発症を疑ってしかるべき状況にあったとは認められない。
そうすると、亡Dがうつ病に罹患したことについて、被告に国家賠償法1条1項の適用上違法と評価され、又は民法415条に当たると認められる安全配慮義務違反があったとはいえない。

長時間労働の認識可能性がなかったとして安全配慮義務違反を否定した東京地裁令和2年9月3日判決

長時間労働があっても、使用者側にその認識可能性がなければ、予見可能性はありませんし、安全配慮義務違反もないことになるでしょう。

東京地裁令和2年9月3日判決は、以下のとおり述べ、自己申告による労働時間等を理由に、予見可能性、ひいては安全配慮義務違反も否定しています。

「亡Bは,平成26年5月中旬以降,継続的に月80時間以上の時間外労働を行っており,同年5月下旬から同年6月下旬までにかけては,月100時間程度の時間外労働を行ったものであるが,亡Bは,上記期間中,被告Y2が直接確認する勤務状況表には,始業時刻はおおむね午前9時,終業時刻はおおむね午後5時45分,遅くとも午後9時半である旨,実態と異なる記載をしていたことが認められる。このほか,亡Bにおいて,被告Y2をCC欄に入れて,夜間や早朝にメールを送信することが何度かあったことが認められるが,メールの送信は,退勤後に自宅等から行うことも可能であったから,夜間や早朝にメールが送信されたことから,(被告Y2において)直ちにそうした時間帯に亡Bが出勤している事実を知り得たとはいえない。上記当時,立川支店,とりわけ亡Bが担当するH金庫関連の業務量が減少しており,本件全証拠によっても,同人の業務について,客観的に長時間の時間外労働が必要であったとは認められないことをも考慮すると,被告Y2が,亡Bの長時間労働を認識し,又は認識し得たとは認められない。」

しかし、同判決は、使用者においては自己申告ではなく客観的な手法で労働時間を把握する義務があることを軽視したものであり、妥当とは言えません。

使用者側の、長時間残業を知らなかったとの弁解を安易に認めるべきではありません。

2 経営陣側の従業員の長時間労働による労災

前回紹介した福岡地裁平成30年11月30日判決は、一時役員をしていたこともあるとされる従業員(自動車販売会社勤務)が長時間労働により心筋梗塞を発症した事案に関するものです。

そのため、会社側からは、被災労働者は経営陣側であった、よって会社としては被災労働者側に対し安全配慮義務を追っていなかったとの主張がなされています。

この点、判決は、以下のとおり述べ、会社に安全配慮義務違反があったことを認定しています。

「被告会社は、原告が高血圧症にり患しており、再検査や精密検査が必要とされる状態であることを認識していたといえるにもかかわらず、原告の勤務状況を的確に把握して業務の量又は内容を調整する措置を講ずることなく、本件疾病の発症までの間、上記のような過重な業務に従事させ続けたのであるから、上記注意義務に違反したものというべきである」

その上で、会社側からの弁解については以下のとおり述べます。

「安全配慮義務は雇用契約の信義側上の付随義務として一般的に認められるべきものであるから、原告が被告会社の従業員であった以上、過去に監査役又は取締役に就任していたとしても、そのことから直ちに被告会社が原告に対する安全配慮義務を負わないことになるものではない」

被告会社は、被災労働者が、決算報告会や四半期報告会に出席していたことなどから、経営陣側であったと主張しています。

しかし、判決は、以下のとおり述べ、それは経営陣側であることを示す事情ではないとしました。

「これらの会議は、被告会社の経営状況や部門別の業績について検討を行うものであるといえ、原告が、本件店舗の店長という立場で出席していたとしても不自然ではないから、これらの会議に出席していたことから、直ちに原告が経営側の立場にいたということはできない」

その他、給与の前借などをしていたという事情もありましたが、社内の手続に沿ってなされていただけであり、経営陣にいることを示すものではないとされました。

以上のとおり、現時点で労働者である者については、過去に経営陣に属していたとしても、原則的には安全配慮義務違反は認められます。

また、実質的に安全配慮を尽くすべき立場(経営陣)にいた者に対する安全配慮義務違反が免除される余地はありますが、枢要な会議に出席していたというだけでは経営陣にいたとの認定はされにくいことになります。

3 サポートのないまま困難な仕事をさせたことが安全配慮義務違反とされた事例

徳島地裁平成25年7月18日判決は、設計業務に従事していた労働者がうつ病のため自殺した事件について、会社が十分なサポートもないなま困難な仕事を労働者にさせたとして、会社側に安全配慮義務違反を認めています。

同判決は、以下のとおり述べます。

「Cは,一郎が会社2に赴任する前から単身赴任に伴う家庭生活上の不安をもらし,赴任後も,一郎の言動から異様な印象を受けることがあったというのであるから,本件出向に伴う精神的な負担がかかっていることを十分認識しあるいは認識できたものであり,そのような状態で強い仕事の負荷をかけた場合,うつ病に罹患する危険があることは,予見可能であったというべきである。そして,会社2において,一郎はUFSの開発をリードすることが期待されていたものの,一郎は会社2に初めて出向し,UFSも初めて扱う機械であり,会社2においてその構造等を知る技術者もおらず,会社2に出向してきたばかりで会社2のCADにも不慣れであったのであるから,UFSの改良等を一郎に指示する場合,十分な余裕をもって,サポート体制等を事前に準備した上でする必要があったが,Cは,一郎一人に対し,著しく困難な納期を設定した上で12等の改良を命じ,一郎のうつ病を発症させたものであるから,会社2は,労働契約上の安全配慮義務に違反したというべきである。そして,うつ病に罹患した場合,自殺念慮が出現する蓋然性が高いとされているところ,上記認定判断のとおり,会社2の安全配慮義務違反により,一郎は遅くとも5月18日ころまでにうつ病に罹患し,うつ病が治ることなく11月24日ころ自殺を図って死亡したものであるから,会社2の安全配慮義務違反と一郎のうつ病の罹患及び自殺との間には相当因果関係が認められる。」

このように、同判決は、もともと労働者において家庭生活上の不安もあり異様な言動をしていたこと、労働者は出向してきたばかりで不慣れなので開発業務に従事させる場合にはサポート体制等を事前に準備すべきであったのにしなかったこと、困難な納期での業務をさせたこと、そのためうつ病り患に至ったことなどから、会社に安全配慮義務違反を認めました。

徳島地裁判決自体は、開発業務に関わる労働者についてのものですが、サポートもなく困難な業務に従事させられるという事態は他の業種の労働者にもありうるところかと思います。

ですから、同判決は、幅広い業種について安全配慮義務の内容を明らかにした意義があると思われます。

4 新潟で労災、過労死は弁護士齋藤裕へ

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