執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
大学の教員についても通常の労働法のルールに従い、解雇や雇止めの効力が判断されるのが原則ですが、大学教員に特有の問題もあります。
以下、大学教員に特有の問題についてご説明します。
1 学部廃止と大学教員の解雇
少子化のため、多くの大学が経営困難となっており、学部を廃止する大学も少なくありません。
その場合には教員の剰員が生じます。
しかし、そうはいっても、合理的理由があり、かつ、社会的相当性を有する解雇でないと有効とはなりません。
そこで、どのような場合に学部廃止による解雇が正当化されるか問題となります。
この点、東京地裁令和1年5月23日判決は、以下のとおり述べて、学部廃止による解雇の効力を否定しました。
同判決は、学部廃止は正当である、しかし教員を解雇しないと経営危機に陥る状況はなかった、新設学部(人文学部)には解雇された教員らが担当可能な科目もあった、解雇回避努力が不十分、団交を拒否するなど解雇手続が相当ではなかったなどとして、解雇を無効としたものです。
解雇回避努力については、以下のとおり述べています。
「被告は、原告らを人文学部へ異動させることにより原告らの解雇を回避可能であったものである。それにも関わらず、被告は、同日、同学部の教員は原則として全員を新規採用とする旨決定して、結果的に原告らを同学部に異動させる方法による解雇回避の機会を失わせる一方で、原告らに対し、同学部の教員の決定後である平成25年12月17日に至るまで、国際コミュニケーション学部の廃止に伴い解雇となることを説明せず、かえって、原告らを含む文化コミュニケーション学科の教員の身分について今後個別に相談したい旨繰り返し述べるなどしていたものである」
このように、廃止される国際コミュニケーション学部の教員の新設の人文学部への受け入れが可能であったのに、大学側があえてそれを阻害するような行動を取ったことが重視され、解雇回避努力が不十分だとされています。
大学側は、希望退職の募集などをしたと主張しましたが、裁判所は十分な解雇回避努力があったとはいえないとしています。
あくまで退職という結論となる希望退職の募集などより、他学部への異動の方が労働者にとって有利と考えられ、他学部への異動を真摯に検討しないまま希望退職の募集をしたとしても十分な解雇回避努力とは評価されないというのは自然と考えられます。
同判決は、学部廃止に伴い学部新設がなされるという特殊なケースではあります。
しかし、学部新設を伴わない単なる学部廃止の場合でも、廃止対象学部から他学部への教員の異動が可能かどうか真摯に検討することがなければ解雇回避努力を尽くしたとはされず、解雇が無効とされる可能性はあると考えます。
2 セクハラ、アカハラによる通常解雇
青森地裁弘前支部平成16年3月18日判決は、以下のとおり、大学教員の学生とのトラブルを理由とする解雇について無効としています。
大学側があげた解雇理由についての裁判所の判断は以下のとおりです。
ⅰ 他の学生の前で異性の学生に対する恋愛感情を吐露したところ、これは教員として不適切とは言えるものの、具体的な支障が生じたとは言えないとした。
ⅱ 異性の学生が、研究室で教員と二人きりの状態で、レジュメを作らざるを得ない状態に置こうとしたが、結果としてはそのようにはならず、具体的な不利益が生じなかったとした
ⅲ 不特定多数が閲覧する報告集で、学生を特定して、「不可である」などの表現をしているが、最終的には上司の指導で穏当な表現に改められたとした。
ⅳ オリエンテーションで、女子学生だけ教員と相性占いをするように言ったが、冗談とわかるようなものだったとした。
ⅴ 合同指導の席上で、学生の論文について、「こんなの茶番じゃないですか」と発言し、不適切だったが、学生に大きな影響を与えたとは言えないものとした。
ⅵ 助教授に対し、「今日から私は先生の奴隷になります。ポチと呼んで下さい。」と言ったものの、冗談とわかるようなものだったとした。
ⅶ 助教授に対し、卒業式で、「私は,助教授からセクハラを受けている。殴る蹴るの乱暴をされている。」と言ったが、冗談とわかるようなものだった。
ⅷ 助教授に対し、研究室で、「だんなさんと別れて,結婚して。」と言ったが、冗談とわかるようなものだった。
ⅸ 助教授に対し、「ずっと先生には秘密にしてきたのに,私の自宅が先生にばれてしまいました。夜這いなんかかけないで下さいね。」と言ったが、冗談だとわかるようなものだった。
ⅹ 異性の助教授に対し、ブルセラショップに行った旨発言をした。これはセシュアル・ハラスメントに該当する不適切な言動であったと言わざるを得ない。 しかしながら,これは本件解雇より5年も前の平成8年の話であること,その後,原告と助教授の関係がおかしくなったという事情も認められないので,この発言が,助教授にそれほど大きな影響を与えたものとも考え難い
ⅺ 異性の助教授に対し、性交渉の話やその感想を述べていたが,教員のこのような言動は,セクシュアル・ハラスメントに該当する不適切なものであったと言わざるを得ない。しかしながら,教員が最若年の講師であるのに対し,助教授は,大学に就職したのも原告より早く,助教授の地位にあることからすれば,教員の言動がセクシュアル・ハラスメントに該当するとはいえ,助教授にそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。
裁判所は、最終的には、「原告の職場は,大学であり,他の業種と比較しても,個々人の裁量等の
幅が広く認められており,必ずしも他人と協調することのみが要求される職場でもないと考えられることをも考慮」し、解雇を無効としました。参照:大学教員のセクハラ等を理由とする解雇を無効した裁判例
このように、セクハラやアカハラなどがあっても、その与える影響の程度、セクハラ相手との関係性などを総合的に考え、解雇が無効となることもあります。
しかし、特に立場の弱い学生との関係では、セクハラ、アカハラが解雇理由になることも十分あることは留意すべきでしょう。
3 大学教員の雇止め
5年を超えた有期雇用の更新がされた場合の無期転換の原則
労働契約法第十八条は、「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。」としています。労働契約法の条文もご参照ください。
よって、有期雇用であっても、その期間が5年を超える場合、労働者は無期雇用とする申し込みをすることができます。
科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律による無期転換の例外
ところが、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律第十五条の二は、「次の各号に掲げる者の当該各号の労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。一 研究者等であって研究開発法人又は大学等を設置する者との間で期間の定めのある労働契約(以下この条において「有期労働契約」という。)を締結したもの」としています。参照:科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律
そのため、研究者等であって大学に勤務する者については無期雇用が10年を超えない限り無期雇用の申し込みはできません。
この点、東京地裁令和3年12月16日判決は、「研究者」というためには、「研究開発及びこれに関連する業務に従事している者であることを要する」としており、単に教育を担っているに過ぎない非常勤講師は「研究者」ではないとしています。
大学教員法による無期転換の例外
大学教員任期法の規定
また、大学教員任期法7条は、同法4条が定める「前条第一項の教員の任期に関する規則が定められている大学について、教育公務員特例法第十条第一項の規定に基づきその教員を任用する場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、任期を定めることができる。
一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。
二 助教の職に就けるとき。
大学教員任期法についての大阪高裁判決
この点、大阪高裁令和5年1月18日判決は、一号の教育研究の職について、「当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性にかんがみ、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職であることが必要である(流動型)」としました。
その上で、介護福祉士の養成課程の教員について、介護系領域の専任教員を置くことが求められており、そのような教員を安定的に確保することがむしろ望ましいと言え、講師職に就く者を定期的に入れ替えて、新しい実務知識を導入することを必要とする等、講師職を任期制とすることが職の性質上、合理的と言えるほどの具体的事情はないとして、一号該当性を否定しました。
大学教員任期法についての最高裁判決
ところが、上告審である最高裁令和6年10月31日判決は、「任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職の意義について、殊更厳格に解するのは相当でない」としました。
その上で、「生活福祉コースにおいては、被上告人を含む介護福祉士等の資格及びその実務経験を有する教員により、介護実習、レクリエーション現場実習といった授業等が実施されており、実務経験をいかした実践的な教育研究が行われていたということができる。そして、上記の教育研究を行うに当たっては、教員の流動性を高めるなどして最新の実務経験や知見を不断に採り入れることが望ましい面があり、このような教育研究の特性に鑑みると、上記の授業等を担当する教員が就く本件講師職は、多様な知識又は経験を有する人材を確保することが特に求められる教育研究組織の職であるというべきである。」として、通算契約期間を10年としました。参照:大学教員の雇止めについての判例
最高裁のような基準では、ほとんどの教員について任期が10年となり、法律に要件をもうけた意味がなくなるのではないか、懸念されます。
いずれせよ、最高裁が具体的な判断基準を示したわけではなく、大学教員任期法による通算契約期間10年については争うべき場合はあるでしょう。
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