
1 昨年の紅白歌合戦とAI美空ひばり
昨年末のNHK紅白歌合戦では、AIで再現された美空ひばりさんが新曲を歌い、話題となりました。
毀誉褒貶あるようであり、倫理的問題に触れた議論もあるようです。
美空ひばりさん自身は既に亡くなっており、権利がありませんので、AIで美空ひばりさんを再現することで美空ひばりさんの権利を侵害することはありえません。
また、ご遺族も了承しているようですから、ご遺族の権利を侵害するということもありません。
よって、AIで美空ひばりさんを再現したこと自体法的な問題はないということになりそうです。
しかし、AIや画像技術は今後一層進歩し、本人かどうか区別がつかないレベルのものが出現する可能性はあります。
ですから、AIなどを用いて、人の動きなどを再現することの法的問題については検討しておくべきかと思います。
2 従来の裁判例
AIで人を再現したことが問題となった裁判例というのは見当たりませんが、胸像を勝手に作ったことが肖像権を侵害するかどうか問われた裁判例が参考になると思われます。
東京地裁平成3年9月27日判決は、以下のとおり、本人の意思を最大限考慮して諸利益の比較考量により胸像制作などの差し止めを認めるかどうかが判断されると述べ、原告が勝手に胸像を制作しないことを求める請求を認めました。
「一般的に、人格的利益の一つとして、人は自己の肖像を無断で制作、公表されない利益を有し、これを侵害され又は侵害されるおそれのある者は、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は、将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる場合があると解される。いかなる場合に可能かは、肖像の制作、公表によって蒙る本人の不利益、被害感情などと、これにより得られる肖像の制作、公表をする者及び公共の利益とを比較衡量して決すべきであり、これは肖像の形態(写真、彫刻、絵画等)、展示の目的(特に公共の利益の有無)、展示の形態その他の具体的事情に基づき判断すべきである。」
「胸像は写真とは本質的に異なり、その制作、展示の目的、形態においてその人のいわば分身として、その全人格を具体的に表象するものであり、かつ半永久的に保存されるものである。本人としては、右のような性格をもつ胸像の制作、展示それ自体を好まぬこともあり、また、時代の流れにより本人に対する評価が変わるかも知れぬことを考慮して自己の胸像の制作、展示を拒むこともあろう。」
「胸像が前記のような性格を持つ以上、右のような本人の意思は最大限に尊重されるべきである。」
AIなどの技術である人を再現する場合、必ずしも半永久的に保存されるわけではないかもしれません。
しかし、デジタル社会において簡単に流通しうること、動きも含め対象者を再現し、技術の進展によっては本物と勘違いするようなものも出てきうることを考えると、胸像以上にプライバシー保護がなされるべきであり、本人の意思を最大限考慮した上での利益考量がなされるべきです。
3 死者とプライバシー権
基本的には死者は権利主体ではありません。
しかし、AIなど技術を利用し、死後に自分と見間違えるような映像を作られるのを常に容認しなければならないというのは極めて杓子定規な判断かと思います。
当面は遺族において死者のプライバシーが侵害されないことを期待する権利を保護するという構成になるかもしれませんが、一定の要件において死後の肖像権を保護するルール制定も考えるべきだと思います。
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