執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
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第1 いじめ加害生徒の氏名等開示の現状
重大ないじめ案件における加害生徒氏名の被害者らへの開示については、これまで自治体間で区々の判断がなされてきました。
これは、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が、「第三者委員会が取得した情報の提供について明記」の項において、「・学校の設置者及び学校として「各地方公共団体の個人情報保護条例などに照らして不開示とする部分」を除いた部分を適切に整理して開示すること」としていることが理由と思われます。参照:いじめの重大事態の調査に関するガイドライン
しかし、令和3年個人情報保護法「改正」により、自治体の個人情報の開示請求あるいは第三者提供に関しても、「改正」後個人情報保護法が適用されることになります。そして、「改正」個人情報保護法第六十九条は、「行政機関の長等は、法令に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供してはならない。」と規定していることから、「改正」個人情報保護法施行後は、個人情報保護条例ではなく、個人情報保護法により、一律に、自治体からの個人情報の提供が法令に基づく場合には適法とされることになります。加害生徒氏名の開示も同様です。
そのため、この機会に、被害生徒らへの加害者氏名の開示について、全国統一の指針を示す必要があります。
第2 いじめ加害生徒の被害生徒らへの氏名等開示の要否
1 いじめ防止対策推進法の定め
いじめ防止対策推進法は以下のとおり定めます。参照:いじめ防止対策推進法
(学校の設置者又はその設置する学校による対処)
第二十八条
2 学校の設置者又はその設置する学校は、前項の規定による調査を行ったときは、当該調査に係るいじめを受けた児童等及びその保護者に対し、当該調査に係る重大事態の事実関係等その他の必要な情報を適切に提供するものとする。
いじめ防止対策推進法の「法案策定の与野党協議及び国会質疑ならびに付帯決議案の起草を通じてその全論点にわたる検討と解決案の策定を担い、さらに上記国の基本方針の策定(「いじめの防止等のための基本的な方針」のことー引用者注)にも関与した小西洋之参議院議員の「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」は、いじめ防止対策推進法28条2項について、「この「必要な情報を適切に提供する」という文言及び第23条3項の「(いじめを受けた)児童等又はその保護者に対する支援(を)行う」については、自殺事件等に際して指摘されてきた被害児童等の「知る権利」及びその保護者のいわゆる「親の知る権利」を念頭に、学校の設置者又は学校が被害児童等やその保護者に対して当該いじめ事案に係る事実関係などの情報についての法的な説明責任を負うことを定めたものであることが与野党協議及び国会質疑で確認されています」(201頁)としています。
よって、被害生徒らへ「必要な情報を適切に提供する」ことは学校等の義務です。
ここで「事実関係等その他の必要な情報」の意義については、いじめの防止等のための基本的な方針38頁に、「学校の設置者又は学校は、いじめを受けた児童生徒やその保護者に対して、事実関係等その他の必要な情報を提供する責任を有することを踏まえ、調査により明らかになった事実関係(いじめ行為がいつ、誰から行われ、どのような態様であったか、学校がどのように対応したか)について、いじめを受けた児童生徒やその保護者に対して説明する」との記載があります。
ですから、いじめ防止対策推進法は、被害生徒らへの加害者氏名の開示を義務付けている考えられますし、「改正」個人情報保護法の下でも、加害者氏名の開示は「法令」に基づくものとして許され、かつ、義務付けられるものです。
以下、個人情報保護法「改正」前のものですが、被害生徒らへ加害者氏名の開示がなされるべきとする文献を紹介します。
2 「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」
小西洋之参議院議員の「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」は、いじめ防止対策推進法28条2項について、
「学校の設置者及び学校に、いじめの被害児童等及びその保護者に対して、当該事案に係る事実関係等の法的な説明責任を課したのは、➀いじめの被害児童等は当事者としてその尊厳の保持・回復のためには当該事案に係る事実関係等を知る必要があること、また、その保護者は当該被害児童等の尊厳の保持・回復を誰よりも切に願う者であって、自ら事案の調査を行うための前提としての必要性も含めて、これらの情報を従前に知る必要のある立場にあること、➁本法に定めるあるべきいじめ事案への対処及び再発防止の実現(第23条、第28条並びに第30条等は、被害者サイドへの十全の情報提供に基づく被害児童等及びその保護者の協力がなければ不可能であること等によるものです」(202頁)
「特に、過去のいじめによる自殺事件等の際に、遺族において、我が子に起きたいじめの事実を知りたい、学校の対応等を含めた真相を把握し、全ての真実を知りたい、あるいは、こうした事実関係が自ら調査をしたいとの切実な願いが十分に尊重されることがなかったのみならず、いわゆる二次被害に苦しむことがあったことを踏まえて、学校の設置者等の説明責任を定めることによりいわゆる「親の知る権利」を実質的に保障することとしたのが本法の趣旨です」(202頁)
「「当該調査に係る重大事態の事実関係等その他必要な情報」とは、(2)➀・➁で説明した目的を達成するために必要なすべての情報となり、およそ調査に関する全ての情報が原則として対象となるものと解されます」(203頁)
「この提供の判断の際には、情報開示制度における不開示情報の考え方(個人が識別されない、個人の権利利益の保護、調査事務の公正かつ能率的遂行等)を踏まえ、これとの調整が念頭に置かれる必要がありますが、個人情報への配慮や調査事務上の都合等を理由としていたずらにその説明責任の遂行を怠るようなことは決して許されません」(204~205頁)
「この点、本条においては(2)➀・➁の趣旨から当該情報は公益上の特別の理由をもって「提供されなければならない」と規定していることから、(a)調査情報等については公益上の理由による裁量的開示(国立学校の場合における独立行政法人等情報公開法第7条並びに公立学校における各地域の情報公開条例の同趣旨の規定)の判断の適用や準用等を最大限に検討するとともに、(b)不開示とする情報はその必要性等に係る個別具体的な検討により最大限に限定されたものとすること、さらには、(c)提供情報の使用の在り方について一定の(合理的かつ必要最低限度の)条件を約することにより不開示の根拠となる法益を担保するなどの適切な代替手段の有無を可能な限り検討すること、(d)上記の第28条組織等の活用等による最大限の開示を実現するための関係者間の調整や、やむを得ず不開示とされた情報の被害者サイドに対する(将来に不開示事由が消滅した時を想定するなどしての)その後の丁寧なフォローについて措置するなど、学校の設置者及び学校にあっては、最大限の説明責任の全うのために必要な措置を講じるべく積極的かつ主体的に取り組む必要があります」(205頁)
と述べます。
3 「いじめの重大事態の調査に係る被害児童生徒及び保護者に対する情報提供と個人情報保護条例についての考察―いじめ防止対策推進法28条2項の遵守を目指してー」
永田憲史関西大学法学部教授による「いじめの重大事態の調査に係る被害児童生徒及び保護者に対する情報提供と個人情報保護条例についての考察―いじめ防止対策推進法28条2項の遵守を目指してー」は、いじめ防止対策推進法28条2項に基づき開示されるべき情報の範囲について83頁において以下のとおり述べます。
「法28条2項の「当該調査に係る重大事態の事実関係等その他の必要な情報を適切に提供するものとする」との規定である。法28条2項は、個人情報保護に関する法令の特則として、被害児童生徒等の知る権利を被害児童生徒等以外の個人情報保護の要請に優越させるものであるが、「適切に」が意味する範囲はいかなるものであろうか」
「そもそも28条1項が定めるように、重大事態の調査は、重大事態に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するために行われるものである。重大事態に適切に対処するためには、学校の設置者等と被害生徒等が被害児童生徒を取り巻く状況の理解をともに深め、その状況の理解を踏まえて、協議しながら様々な手立てを講じていくことが必要である。そのために、学校の設置者等は、当該被害生徒等に対して、できる限り多くの情報を提供して、それらを両者が共有するようにしなければならない。従って、ここで、「適切に」とは、「できる限り多く」の意味であると解すべきである。立法に関与した国会議員による逐条解説も、「適切に提供する」とは、当該事案についての説明責任が最大限全うされなければならない程度に学校の設置者等が情報を提供することであるとしており、同旨であると言えよう。」
「以下、法28条2項が定める情報提供の場面において、具体的に提供の可否が問題となる情報について、検討することとしたい」
「第一に、関係者の氏名は、「誰が」という情報提供の基礎に当たる部分であって、事案の把握に必要不可欠な情報であるから、被害児童生徒等が「知ることが予定されている情報」である・・・関係者の氏名は、被害児童生徒等に提供されなければならない」
4 「Q&A個人情報取扱実務全書」
日本弁護士連合会情報問題対策委員会編「Q&A個人情報取扱実務全書」は、256頁において、以下のように述べます。
「いじめ防止対策推進法28条2項は、被害児童および保護者に対し、当該調査の情報の提供を認めており、ガイドラインによっても個人情報保護を盾に報告を怠るようなことがあってはならない(「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」平成29年3月厚生労働省)とされています。とりわけ、児童生徒の自殺が起こった事案においては、遺族が、当該児童生徒を最も身近に知り、また、背景調査について切実な心情をもつことを認識し、その要望・意見を十分に聴取するとともに、できる限りの配慮と説明をするものとされています(上記「いじめの防止等のための基本的な方針」)。
「そのため、調査報告書の内容についても、氏名等の個人情報が含まれたとしても、上記の体罰事故等の答申例の考え方を参考にすれば、管理職やいじめの発生に寄与した教員や加害児童名については、いじめ防止対策推進法28条2項及び個人情報保護法23条1項1号に基づき、同意がなくても提供が可能と考えられます」
5 「体罰・いじめ調査と個人情報保護」
論究ジュリスト22所収の獨協大学教授市川須美子「体罰・いじめ調査と個人情報保護」は以下のように述べます。
「いじめ情報開示をめぐる論点としては、第一に、被害者・遺族に対する情報提供・説明義務の範囲の問題がある。いじめ事実情報は、再三指摘しているように被害者情報であり、同時に加害者情報である。いじめが子ども・生徒の関係性の中での人権侵害(関係的事実)である限り、被害者、特に学校での人間関係を了知しえない遺族にとって、加害者名がマスキングされたいじめ事実の提供は、情報提供の名に値するものであろうか。いじめ以外の子ども間のトラブルで偶発的に事故が起きて、子どもに傷害等が生じた場合、学校が相手方は「誰か」を明示せずに保護者に事故説明することはありえない。いじめの場合のみ加害者名が秘匿されることは背理といえる。個人情報保護制度一般において、「開示請求者以外の個人に関する情報(行政個人情報14条2号柱書)が不開示とされるとしても、いじめ情報の被害者・遺族に対する開示については、アンケートの場合など回答者の個人情報保護に留意し、第三者提供の禁止など一定の条件を付すことで、原則加害者氏名も含め全部開示されるべきと解される」
「大津市では、前掲のいじめ事案の後、「重大事案に関するアンケート調査結果等の公表基準」(2015年11月26日)を策定し、重大事案について、いじめの加害者名を被害者に情報提供することを定めている」
6 小括
以上を踏まえると、「改正」個人情報保護法のもとにおいては、全国一律に被害生徒らへ加害生徒氏名の開示がなされるべきと考えられます。
同時に、加害生徒氏名の開示がなされる場合、被害生徒らにみだりに第三者に情報を開示しないよう求めるなど、その個人情報の安全管理策についても定める必要があります。
第3 結論
以上より、「改正」個人情報保護法の施行を控え、重大ないじめの加害生徒氏名について、文部科学省として、学校等において原則として被害生徒らに開示すべきこと、それに伴い適切な個人情報保護策をとるべきことを明示すべきです。
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