麻酔中毒、麻酔事故はどのような場合に医療過誤となるのか?

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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1 麻酔中毒、麻酔事故と医療過誤

不適切な麻酔による死亡あるいは重大な後遺障害を残す事故が少なくありません。

以下、麻酔中毒、麻酔事故と医療過誤をめぐる裁判例をご紹介します。

2 麻酔薬について、必要最小量を,可能な限り速度を遅くして注入すべき注意義務

整形外科において、医師が整復治療及びこれに伴う伝達麻酔を行った後で、患者が低酸素脳症となり、後遺障害が残ったという事案について、京都地裁令和3年11月9日判決は、以下のとおり述べ、医師の義務違反を認めました。

同判決は、まず、

カルボカインの投与に際しては,局所麻酔中毒を避けるために,まず,注射針からの血液の逆流がないことを確認した上で,薬剤投与に当たって,投与対象者の血圧,呼吸,顔色といった全身状態を観察しつつ,必要最小量を,可能な限り速度を遅くして注入すべき注意義務がある

特に、忍容性の低下といったリスクファクターを有する高齢者に対する投与(同第5の1),腕神経叢ブロックのような血中への薬剤吸収を高め得る組織が付近にある部位への投与(認定事実(4)ア)においては,上記各点をより慎重に行うべき注意義務があった

として、カルボカインについて、投与対象者の血圧,呼吸,顔色といった全身状態を観察しつつ,必要最小量を,可能な限り速度を遅くして注入すべき注意義務を認めました。

その上で、当該医師は、1回の注射針の刺入により18mLを投与したところ、投与量が伝達麻酔の通常成人に対する参考使用量の上限20mLに近いものであったことなどを踏まえ、医師には注意義務違反があったとしました。

仙台平成20年12月16日判決も、麻酔薬であるリドカインを、誤ってリドカインという麻酔薬を大量に点滴し、患者が死亡したという事件について、病院側の過失を認め、損害賠償を命じています。参照:リドカインの大量投与事故についての裁判例

3 キシロカイン投与にあたっての問診・観察義務違反

福岡高裁平成17年12月15日判決は、「キシロカイン投与の前後や内視鏡の挿管前に花子の血圧測定を行っていないことは,その問診義務及び観察義務」に反するとして、医師らの義務違反を認定しています。

また、さいたま地裁平成22年12月16日判決は、歯科医が部分麻酔をしたことによって患者がアナフィキラシーショックで死亡したという事案について、部分麻酔後、泣いていた患者が泣き止んだのに、呼吸や脈の確認をしなかったとして、歯科医師の義務違反を認めました。参照:麻酔後の観察義務違反を認めた判決

4 キシロカイン投与により生じた事故についての救命措置義務違反

福岡高裁平成17年12月15日判決は、「キシロカインの投与に際し,その副作用を完全に防止する方法はない。そのため,異常が認められた場合に直ちに救命措置が取れるよう常時準備をしておくことが要請される。その準備しておくべき薬剤及び器具等としては,ネオフィリン等の強心薬,ボスミン等の昇圧薬,キシロカイン2パーセント等の抗不整脈薬,ホリゾン等の鎮静薬,鎮痙薬,ソルコーテフ,ピレチア等の副腎皮質ホルモン,抗ヒスタミン薬,硫酸アトロピン等のその他の薬剤,乳酸リンゲル液等の輸液並びに酸素マスク,エアウェイ,人口呼吸用バッグ,気管内挿管チューブ及び挿管器具セット,点滴セット,CVP穿刺セット,針付き注射器,血圧計,心電図計,パルスオキシメーター及び吸引器がある。」として、麻酔事故が発生した場合に備え、直ちに救命措置を講ずることができる態勢をつくる義務を認め、当該事案においてはその義務違反があったとしました。

福岡高裁令和6年2月9日判決は、刑事事件の判決ですが、小児歯科医院において、2歳児がリドカインという歯科用局所麻酔薬の投与で死亡した事件について、主治医に業務上過失致死罪の成立を認めました。

同判決は、被害者が、麻酔投与後、「顔色が悪く、唇が薄紫色で、目の焦点が合わず、手足が固くなり、背中が反り、震えがある状態」であったことを踏まえ、「患児が急性リドカイン中毒を含む偶発症に陥り、放置すれば患者の死亡につながりかねないことを認識しえた」とし、その時点で「直ちに気道確保及び酸素投与等の応急処置を行うとともに、医療機関に患児を救急搬送するなどの救命措置を講ずる義務があ」ったとしました。

しかし、その義務が履行されなかったとして、業務上過失致死罪の成立を認めました。

かかる認定を前提とすると、損害賠償義務も認められることになるでしょう。

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