執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
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1 交通事故と素因減額
最高裁平成4年6月25日判決は、「被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患がともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の先負を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、被害者の当該疾患をしんしゃくすることができるものと解するのが相当である」としています。参照:素因減額についての判例
つまり、交通事故後に症状が出た場合に、交通事故前からの疾病が影響している場合には、その影響度合い等を考慮して、損害額を減額できるということです。
これを素因減額と言います。
2 椎間板ヘルニアと素因減額
椎間板ヘルニアは交通事故に遭わない人にも一定程度存在するものであり、素因減額が特に問題となります。
椎間板ヘルニアの素因減額については、2から3割が多く、5割を超えることもあるものの、素因減額されない場合もあります。
津地裁伊賀支部平成31年3月27日判決は、以下の事情を踏まえ、椎間板ヘルニアの既往症について4割の素因減額を認めています。
・既往症については,その都度,短期間で治療終了していることがうかがわれるが,本件事故以前に,頚部・腰部の障害に基づく症状につき,それぞれ複数回の通院をしていること
・腰椎については,椎間板変性が認められ,椎間板ヘルニアとの説明を受けていること,
・頚部痛については,頚椎症との診断がされている上,本件事故直前にも受診が認められ,本件事故当時,その治療が終了していたものとは認め難いこと
・本件事故による車両損傷状況及び被告が負傷していないことによれば,衝突による衝撃は軽微であるものと推認されること
他方、佐賀地裁令和1年8月6日判決は、ヘルニアの手術を受けたことのある被害者について、事故まで2年5か月近く受診していなかったなどの事情を踏まえ、素因減額を否定しています。
このように、
・既往症の治療が事故時終わっていたかどうか
・衝突の程度はどの程度であったか
・交通事故による治療が長期化したかどうか
等の要素により素因減額の有無・程度が判断されることになります。
3 すべての損害について素因減額がなされるか
素因減額が認められるとしても、全損害項目について素因減額が認められるとは限りません。
大阪地裁令和2年3月24日判決は、「原告X1については,後遺障害が認められず,また,症状固定日までの期間も約6か月しか認められないものであるところ,前段で述べた原告X1の本件事故前の状況を考慮しても,敢えて原告X1について素因減額を行うほどの事情があるとまでは認められない。その他,原告X1について,素因減額の事情があると認めるに足りる証拠はない。」として、短期間の通院に伴う損害について素因減額は認めないとしています。
逆に言うと、後遺障害に伴う損害項目(特に重度なもの)、長期間の入院・通院に伴う損害項目について素因減額が認められやすいと言えるでしょう。
4 椎間板ヘルニアが交通事故により生じたものと認められないケース
なお、状況によっては、事故後に見つかった椎間板ヘルニアが事故により生じたものとは認められず、賠償の対象とならないこともあります。
大阪地裁令和2年3月27日判決は、
・本件事故の衝撃が小さかったとはいえないものの,原告車の写真(甲26,乙2)で認められる損傷の程度は比較的小さいこと
・各病院におけるレントゲン検査では,原告の頸部に骨折やアライメント異常等は確認されていないこと,
・原告は,本件事故直後にB病院を受診した後,Cクリニックを受診するまでの11日間は,病院に通院することなく仕事もできていること,
・医師は,MRI画像のみでは,原告の頸椎椎間板ヘルニアが本件事故によるものかは判断できないとの見解を示していること,
・原告がアメリカンフットボールの強豪チームで活躍した選手であるため,元々頸部にヘルニア症状を抱えていた可能性も否定はできないこと
等から、事故により椎間板ヘルニアが発症したこと自体否定していています。
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