執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
1 タクシー運転手がくも膜下出血により事故
報道によると、1月4日、渋谷区で73歳のタクシー運転手が歩行者6人をはね、1人が死亡、5人が傷害を負った事件で、運転手が運転中にくも膜下出血を発症していたことが判明したとのことです。
亡くなられた方についてお悔み申し上げます。お怪我をされた方についてはお見舞い申し上げます。
被害があまりにも重い事故ですが、他方、くも膜下出血を発症した運転手を責めるのも酷とも思われます。
このような場合に法的責任はどのように判断されるのでしょうか?
この点、87歳の被告人が低血圧状態で交通事故を起こし、女子高生2人をはね、1人を死亡・1人を負傷させた過失運転致死傷被告事件について、前橋地方裁判所令和2年3月5日判決は、自動車運転中の危険を被告人が予見できたとは言えないとして、被告人を無罪としました。
これに対し、東京高裁令和2年11月25日判決は、同じ事件について、被告人に予見可能性を認め、過失運転致死傷罪が成立するとして、被告人を禁錮3年に処しました。
東京高裁は以下の事情を踏まえ、予見可能性を認めています。
・被告人は家族や知人,更には複数の医師に対して度々めまい等の症状を訴え,医師らからは,めまいや低血圧の症状に関し,ゆっくり行動するようになどと生活上の指導を受けていた
・被告人は医師から自動車の運転を控えるように注意されていた
・被告人は、血圧を測定して,自分の最高血圧が100mmHgを下回る低血圧であることを認識した場合にはめまい等の症状が生じると考えて入浴を控えるなどしていた
・本件事故の数日前にこのような単独での自損事故を2日続けて起こしていた
・被告人の同居家族が本件事故の直前に至るまで,何度となく自動車の運転をやめるよう被告人に対して注意していた
このように、被告人が現実に度々めまいの症状を訴えていたこと等を踏まえ、予見可能性を認めています。
タクシー運転手の件については、くも膜下出血の前駆症状が度々発生していたのにあえて運転したという事態はかなり想定しづらいので、事故の予見可能性が認められず、犯罪が成立しない可能性もあります。ただし、明らかに運転に支障を及ぼす症状があらわれているにも関わらず運転を継続した等の事情があれば過失運転致死傷罪が成立する可能性はあるでしょう。
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