障害者の交通事故では逸失利益はどのように計算されるのか?

交通事故

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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1 交通事故と逸失利益

交通事故により後遺障害が残り、労働能力が喪失又は損なわれた場合、その程度に応じて逸失利益の賠償がなされることがあります。

この逸失利益については、現実に就労していればその収入が基準となるのが原則です。

30歳以下の若者等については、賃金センサスという平均賃金が基準となることが多いです。

この点、身体障害あるいは知的障害があった被害者については、そもそも賃金センサスどおりの賃金を得られる可能性がなかったのではないか、問題とされることがあります。

そこで以下、事故前から障害があった被害者の逸失利益の計算について解説します。

2 障害者の逸失利益についての裁判例

全盲の被害者と逸失利益

近時の裁判例としては、広島高裁令和3年9月10日判決が、全盲の被害者の後遺障害について、

・被害者が事故時17歳であったこと

・県立盲学校高等部普通科に在籍していたこと、卒業生が大学に進学したり就職していた例があること

・被害者は高等部在籍中に職業見学や大学見学に参加したり、詩を多く作ったりするなど、自らの能力向上と発揮に積極的であったこと

等の事情を踏まえ、

本件事故前の被害者については、全盲の視覚障害があり、健常者と同一の賃金条件で就労することが確実であったことが立証されているとまではいえないものの、その可能性も相当にあり、

障害者雇用の促進及び実現に関する事情の漸進的な変化に応じ、将来的にその可能性も徐々に高まっていくことが見込まれる状況にあったと認めることができる

として、賃金センサスの8割を前提に逸失利益を算定しました。参照:障害者の逸失利益についての判決

聴覚障害者と逸失利益

聴覚障害者の逸失利益についての名古屋地裁判決

名古屋地裁令和3年1月13日判決は、身体障がい者等級表2級の認定を受ける聴覚障害者が被害者となった事例について

・本件聴覚障害は,一般的には重度の身体障害と位置付けられ,自賠法施行令の定める後遺障害等級でいえば,同施行令別表第2第4級3号の「両耳の聴力を全く失ったもの」に相当し,その一般的な労働能力喪失率は92%とされていること

・平成30年度障害者雇用実態調査結果によれば,同年6月時点において就労する身体障害者の平均賃金は月額21万5000円(労働時間が通常(月30時間以上)の者であっても24万8000円)にとどまっていること

・身体障害者のうち,聴覚・言語障害者の平成28年時点における就労状況に関する調査結果によれば,20歳~69歳の聴覚・言語障害者の就労割合は平均39.6%であり,同年齢帯の総人口に占める就労割合の平均67.7%に比べ低い水準となっており,収入状況も,全労働者の年間収入額が405万円であるところ,就労する聴覚・言語障害者の年間収入額は309万円であって,全労働者の年間収入額の約76%にとどまるとの推計結果も示されていること

・被害者は,大学の産業情報学科情報科学専攻への推薦入試で合格を果たし,適性検査である数学のテストはトップ,総合順位でも3位と優秀な成績を修めていたこと

・被害者が在籍していた本件大学は,日本で唯一,聴覚障害者及び視覚障害者だけが入学できる国立大学であって,卒業生の就職率は極めて良好であり,被害者が在籍していた産業情報学科情報科学専攻の卒業生は,平成26年度から平成30年度にわたり,そのほとんどが,製造業,情報通信業等の大企業や公務員に就職するか,大学院に進学していること

・大学において被害者の担任であった教授も,被害者の在籍期間が短かったことから一定の留保を付しつつも,被害者が卒業後に優良企業のエンジニアとして就職していた可能性は高かったと考えられる旨を陳述していること
を踏まえ、逸失利益について、被害者「の死亡による逸失利益の基礎収入として,原告が主張する平成29年賃金センサス・男性・大卒・全年齢平均である年額660万6600円の90%」を基礎として算定すべきとしました。

聴覚障害者の逸失利益についての大阪地裁判決・同大阪高裁判決

聴覚障害者の逸失利益についての大阪地裁判決

大阪地裁令和5年2月27日判決は、平成30年、大阪・生野区でショベルカーが歩道に突っ込み、近くの聴覚支援学校に通う当時11歳の女児が亡くなった裁判において、

聴覚障害者が労働者平均の約7割の賃金を得ているに過ぎないものの、賃金センサスの85%相当の収入を前提に逸失利益を算定すべきとしました。

聴覚障害者の逸失利益についての大阪高裁判決

控訴審である大阪高裁令和7年1月20日判決は、賃金センサスの数値そのまま、つまり障害のない人と同様の逸失利益を認めました。

同判決は、「未成年者の逸失利益を認定するに当たって全労働者平均賃金を用いる際には、一般に当該未成年者の諸々の能力の高低を個別的に問うことなくその数値を用いているのが通例であり、あえて全労働者平均賃金を増額又は減額して用いることが許容されるのは、損害の公平な分担の理念に照らして、全労働者平均賃金を基礎収入として認めることにつき顕著な妨げとなる事由が存在する場合に限られるというべきである。」との一般的な考えを示しています。

この考え方は、未就労の障害者について、一般の場合と同じ逸失利益を認めるのが原則であり、低い収入しか得られない可能性が高い場合にのみ低い逸失利益を認めることになるというものです。

その上で、

ⅰ 被害者が補聴器をつければ通常の会話を聞き取れていたこと

ⅱ 年相応の能力を獲得していたこと

ⅲ 就労開始時点では、AI等により補聴器が進歩し、より聞き取りや容易になると思われること

ⅳ 障害者法制の整備

等を理由に、一般の場合と同じ逸失利益を認めました。

同判決は、当該被害者の能力や障害の程度を踏まえ判断をしており、同判決によって、すべての未就労障害者について一般の場合と同じ逸失利益が認められるようになるわけではありません。

しかし、未就労の障害者について一般の場合と同じ逸失利益を認めるのが原則という判断枠組みは、より広い範囲の未就労障害者に一般の場合と同様の逸失利益を認める可能性を含んでいると言えるでしょう。参照:障害のある未就労被害者の逸失利益についての大阪高裁判決

知的障害者と逸失利益

山口地裁令和5年12月20日判決は、交通事故についてのものではありませんが、7歳の重度知的障害がある児童の死亡について、全労働者平均賃金の5割を前提に逸失利益を算定しています。

同判決は、遠城寺式・乳幼児分析的発達検査で、全発達指数29の重度知的障害があるとされていた被害者について、「知的障害については、身体的機能及び精神的機能の全てを司る脳に障害があり、発達障害も個々によって状態は様々であることから、周囲の支援等を含む総合的かつ個別具体的支援が必要であって、潜在的な稼働能力が顕在化しても、直ちにその能力を最大限活用することが可能とも言い難い場合がある」として、賃金センサスの50%を基準に逸失利益を計算すべきとしています。

横浜地裁令和6年3月14日判決は、発達指数23の9歳児が死亡した事故について、年額84万円を基準として逸失利益を算定すべきとしています。

このように、知的障害児について、裁判所は、身体障害児、聴覚障害児と比べ、かなり低めの逸失利益認定をしています。

現実に、様々なツールの開発が進んでも、知的障害者の就労をサポートするについては限界もあり、他の種類の障害者の場合と比べ知的障害者について難しい問題があるのは事実かと思います。

ただし、若年者の逸失利益の問題はあくまでフィクションであり(現実に就労していないのに、就労した場合の収入を前提に計算する)、そこではある程度個々の事情を省いて計算をしているわけです。

そうであれば、知的障害の有無・程度という個々の事情をそこまで細かく損害計算に織り込まなければならないのかどうかは疑問ですし、憲法14条の趣旨からすれば、知的障害者についても賃金センサスの100%を基準とした計算をすべきと考えます。

なお、上記各裁判例は、統計的データに基づき逸失利益の計算をしていますので、現実の裁判では有利な収入についてのデータ、発達についての証拠を提出することが肝要です。

障害年金と逸失利益

大分地方裁判所令和6年3月1日判決は、障害児が将来障害年金を受給できたはずであることを理由とする逸失利益の請求を認めませんでした。

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