
執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
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目次
1 労災保険とは別に請求できる損害賠償
業務上の事故でケガや病気をしたとき、労災保険や公務災害で補償がなされます。
さらに会社に落ち度、安全配慮義務違反がある場合、会社は労災保険等で払われるものとは別に損
害賠償義務を負います。
労災において損害賠償請求をする法的根拠
労災において損害賠償請求をする際には、民法709条の不法行為として損害賠償請求をする場合が多いです。
使用者側に故意・過失、法律で保護される利益の侵害、損害、不法行為と損害との因果関係があると、直接の加害者個人等に損害賠償請求をすることができます。
会社などの使用者に損害賠償請求をする場合には、民法715条の使用者責任として損害賠償請求をすることがあります。
使用者が、事業のために他人を使用し、その被用者が使用者の事業の執行について損害を与えた場合、被用者の不法行為について、使用者が損害賠償責任を負うことになります。
土地の工作物の瑕疵・欠陥が原因で労災が発生した場合、その工作物の占有者・所有者に損害賠償請求を行う土地工作物責任(民法717条)に基づき損害賠償請求をすることもあります。
労働契約等特別な接触関係にある場合、勤務先会社等に債務不履行に基づき損害賠償請求をすることもあります。
労災における損害賠償請求と時効
労災により損害賠償請求をする場合、民法724条の2に基づき、時効は5年となります。
ただし、後遺障害が残ったような場合には、症状固定(それ以上治療をしてもよくならない状態)となってから5年で時効となります。
なお、令和2年3月以前の労災事故(改正債権法施行前の事故)については、不法行為の時効は3年、債務不履行の時効は10年となっていますので、注意が必要です。
労災における損害賠償の金額
会社側が支払い義務を負う損害賠償金としては、
ⅰ 入院・通院日数に応じた慰謝料(例えば、通院1ケ月で19~28万円、入院1ケ月で35~5
3万円が目安)、
ⅱ 後遺障害等級に応じた慰謝料(等級に応じて110万~2800万円が目安)、
ⅲ 死亡についての慰謝料(一家の支柱で2800万、母親・配偶者で2500万円、その他200
0万~2500万円が目安とされますが、それらの範囲を前後することもあります)、
ⅳ 後遺障害や死亡の場合に労働する力が失われたことに対する逸失利益(死亡の場合は100%労
働能力が失われたと評価します。後遺障害の場合、後遺障害等級に応じて5~100%の範囲で労
働能力が失われたと評価します)、
ⅴ 入院諸雑費(入院1日あたり1500円9
ⅵ 通院交通費(公共交通機関は実費、自家用車はキロ15円で計算)、
ⅶ 後遺障害がある場合の自宅や自動車改造・介護用品等購入費、
ⅷ 介護費用(将来にわたる介護費用も含む)
ⅸ 死亡の場合の葬儀費用(150万円が目安)
等が考えられます。
労災で支給された補償と性質が同じ損害については、その補償額分損害が支払われたものとみられ
ます。例えば、休業補償が払われると、その分だけ損害賠償の休業損害や逸失利益の額が減ることに
なります。参照:労災保険による補償と損害賠償の関係についての判例
休業損害については、業務災害の場合、労災保険法による給付で事故から3日間の分を除き支給さ
れ、3日分は会社が労基法上支払い義務を負うので、あまり損害賠償の対象とはなりません。
治療費も労災保険で基本全額払われるので、やはり損害賠償の問題にはなりません。
損害賠償請求権は、その人の収入、年齢、死亡したかどうか、ケガや病気の程度等によって金額が
違ってきます。
収入が高い人、若い人であれば逸失利益が高くなります。
若い人の場合、慰謝料も高くなるケースもあります。
死亡ケースだと総額数千万円から1億円超のこともあります。
ケガや病気のケースでも、ケガや病気の程度が重ければ、総額数千万円となる場合もあります。
労災における遅延損害金
労災による損害賠償請求をする場合、年利3%の割合による遅延損害金を請求することができます(民法404条)。
なお、令和2年3月以前の事故については年利5%となります。
2 労災と元請の損害賠償責任
目次
元請の安全配慮義務と条文
元請の安全配慮義務と条文
労働災害が発生した場合、元請が賠償責任を負うことは稀ではありません。
元請と労働者との間には直接の契約関係はありません。
しかし、労働者安全衛生法は、以下のとおり定めます。
特に建設現場での労働災害については、末端の下請、孫請事業者には資力がなく、十分な賠償をなしえない場合もあります。
そのような場合には、元請事業者が労働者安全衛生法を遵守しているかどうかしっかり確認し、元請に対する賠償請求も検討しなければなりません。
元請の安全配慮義務と裁判例
例えば、山口地裁下関支部令和4年2月25日判決は、
「安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の附随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として認められるものである(最高裁判所昭和50年2月25日第3小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。そして,元請企業と下請会社等の従業員の関係のように直接の契約関係がない場合であっても,ある法律関係に基づき,信義則上の義務を肯定するに足りる特別な社会的接触の関係に入ったときには,元請企業は,下請会社等の従業員等に対しても,安全配慮義務を負う。」
「そして,労務関係に起因する安全配慮義務は,その労務等の遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得べき危険の防止について信義則上負担する義務を内容とするものといえるから,元請企業と下請会社等の従業員が特別な社会的接触の関係に入っているとしてこれを認めるためには,元請企業が下請労働者に対し作業の遂行に関する指示その他の管理を行うことにより,人的側面について支配を及ぼしていること,また,作業の場所の決定,作業の処理に要する機械,設備,材料,資材などの調達を下請会社等が行わず,元請企業が下請労働者の作業環境を決定するなどして,物的側面について支配を及ぼしていることを要するというべきである。」
とした上で、当該事案において、元請に賠償責任を認めているところです。
3 労災と発注者の損害賠償責任
労災が発生した場合、労働者を使用していた使用者(あるいはその元請など)が損害賠償責任を負うことは多くあります。
しかし、発注者まで損害賠償責任を負うことは多くはありません。
例えば、津地方裁判所平成29年5月29日判決は、以下のとおり述べて、道路の擁壁工事で擁壁が崩落して生じた事故に関し、工事の発注者である市に労災についての賠償責任を認めています。
「Aが,施工業者として本件工事について作業員の安全を確保する義務を負うとしても,前記アで検討したとおり,津市工事請負約款において規定されている発注者や監督員の権限に照らせば,監督員が擁壁崩落の危険を認識し得る状況にあれば,それによって発注者としての被告の監督員らを通じた上記イの義務が発生するというべきである。仮に,切梁及び腹起し材といった簡易な土留工により,本件事故を防止でき,これがAの現場管理の範疇にあるものであったとしても,この理は変わらない。なお,被告は,工事契約約款26条1項に災害防止等のために必要があると認めるときは,受注者が臨機の措置をとらなければならない旨定められており,Aは,擁壁崩落を予見できる状況にあった以上,それを回避すべき措置をとる義務を同条項により負っていたと指摘するが,同条3項では監督員が臨機の措置をとることを請求することができるとされているのであるから,同条1項によって,受注者のみが作業員の安全を確保すべき義務を負っているとはいえない。」
その上で、判決は、発注者がKYミーティングで、擁壁に背を向けて作業しないという指示をした程度であり、それ以外に具体的な指示などをしていないことから、安全確保義務を果たしたとは言えないとしました。
結論的には、発注者に8912万3558円を支払うよう命ずる判決となっています。
このように、請負契約の条項に照らし発注者に安全確保のための措置をとる権限がある場合において、労災につながるような兆候がある場合において、発注者側に労災が発生しないよう対応すべき義務があるということです。
この事例は自治体が発注者であるという特殊性はあるものの、契約上発注者に監督権限が認められており、使用者に十分な賠償資力がないような場合には、この裁判例を活用し発注者の責任をも問うべき場合もあると思います。
4 労災による損害賠償請求をする場合の調査方法
労災による損害賠償請求をする場合には、被災労働者あるいは遺族の側で、安全配慮義務違反があったことを調査する必要があります。
以下、主要な調査方法をあげます。
使用者への質問、同僚への質問
使用者や同僚への質問は、必ず行うべき調査です。
ときに有力な情報が得られることもあります。
しかし、強制ではないため、実質的な回答を拒否されることもあります。
個人情報保護法に基づく労働局への開示請求
労基署は、労災保険の支給や労働安全衛生法の関係で、労災の原因について調査をすることがあります。
このような調査の記録(調査復命書等)については、被災労働者及び遺族において、個人情報保護法に基づいて開示請求をすることがありえます。
ただし、多くが墨塗で、あまり役に立つ情報が得られないこともあります。
再審査請求と労災の一件記録
不支給決定等について再審査をした場合、労基署が労災審査のために作成等した資料一式が再審査申立人に渡されます。
これは墨塗もなく、極めて有用な資料となります。
文書提出命令
裁判を起こした後では、労基署長らに対し、文書提出命令を申し立て、労災の原因についての書類を出すよう求めることがありえます。
労基署はすんなりとは出してきませんので、文書提出命令を出しても行政運営に支障がないこと等について、被災労働者側でしっかり主張立証する必要があります。
労災の調査のために作成された文書の提出命令が問題となった事件について、最高裁平成17年10月14日決定は、「民訴法220条4号ロにいう「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべきである。」として、文書の提出を命ずるかどうかが、文書の提出によって労基署等の公務遂行に具体的な支障があるかどうかで判断すべきとしています。
その上で、同決定は、関係者からの聴取内容を取捨選択して,その分析評価と一体化させたものが記載されている部分について提出による具体的支障はなく、開示すべきとしています。
大阪地裁令和5年9月27日決定は、労災保険の調査において関係者からの聴取内容を大量に引用した書類の部分について、事業所の多くの人が知りうる情報であり、それが表に出たからといって供述者が不利益を被ることはないとして、提出を命じています。
5 安全扉の不設置と安全配慮義務違反
労働安全衛生規則は、以下のとおり定めます。
以上のとおり,被告会社は,本件機械に労働者が身体の一部を挟まれるおそれがあるのに,安全扉等の安全装置を設置していなかったのであるから,本件は,規則147条1項に該当するといえる。」
6 外国人と労災
入管法が改正され、特定技能外国人の来日が今後増えることが想定されます。
これらの外国人労働者については、言語の違いに起因して労働災害の被害者となる可能性があります。
これまでも外国人労働者の労災被害は多く発生しており、使用者の責任を認めた裁判例も存在します。
例えば、名古屋地裁平成25年2月7日判決は、中国人の労働者(研修生)が、パイプ曲げベンダーで作業中に指をなくす事故にあったという事件について、使用者の安全配慮義務違反を認めました。
同判決は前提として、パイプ曲げベンダーが射出成形機に該当するとし、「本件機械は労働者の身体の一部をはさむおそれのあるものであると認められるから,被告は,労働安全衛生規則147条1項に従い両手操作式あるいは感応式の安全装置を取り付ける等の必要な措置を講じる義務があったというべきである(同規定は,研修生が作業従事者である場合にも準用するのが相当である。)」としました。
また,使用者としては,作業手順などについて教えてはいましたが、裁判所はそれでは不十分としました。
つまり、「原告は中国人であり,日本語をほとんど理解できず,また,研修生として来日した者であることを考慮すると,作業手順や注意事項及び事故発生時における対応等について,中国語で記載した書面を交付するか,中国語で説明した上,その内容・意味を正確に理解していることを確認するのでなければ,安全教育としては不十分であって,安全配慮義務を尽くしているとはいえないというべきである。」、「したがって,被告には,安全配慮義務違反があったと認められ,上記認定の本件事故の発生原因を考慮すると,被告の安全配慮義務違反と本件事故との間には相当因果関係があると認められる。」との判断を示しました。
つまり、外国人労働者については、母国語により安全教育をすべき義務があり、それを怠った場合には安全配慮義務違反となるとしたのです。
もちろん、かなり日本語能力の高い労働者であればそのような義務はないといえるでしょう。
しかし、事がある程度専門的な事柄であり、身体生命に関わる問題でもあることから、多くの外国人労働者については、やはり母国語で安全な作業方法等について教育する義務があると考えられます。それはそれほど高度な日本語能力を求められない特定技能資格で就労する外国人労働者についても同じです。
7 採石工場での採石作業中の労災事故
採石作業は落石などの危険を伴うものであり、安全への配慮が必要とされます。
そこで、労働安全衛生規則は、以下のとおり、落石などの発生を防止するための措置を講じなければなりません。
(点検)
第四百一条 事業者は、採石作業を行なうときは、地山の崩壊又は土石の落下による労働者の危険を防止するため、次の措置を講じなければならない。
一 点検者を指名して、作業箇所及びその周辺の地山について、その日の作業を開始する前、大雨の後及び中震以上の地震の後、浮石及びき裂の有無及び状態並びに含水、湧ゆう水及び凍結の状態の変化を点検させること。
二 点検者を指名して、発破を行なつた後、当該発破を行なつた箇所及びその周辺の浮石及びき裂の有無及び状態を点検させること。
(掘削面のこう配の基準)
第四百七条 事業者は、岩石の採取のための掘削の作業(坑内におけるものを除く。以下この条において同じ。)を行なうときは、掘削面のこう配を、次の表の上欄に掲げる地山の種類及び同表の中欄に掲げる掘削面の高さに応じ、それぞれ同表の下欄に掲げる値以下としなければならない。ただし、パワー・シヨベル、トラクター・シヨベル等の掘削機械を用いて掘削の作業を行なう場合において、地山の崩壊又は土石の落下により当該機械の運転者に危険を及ぼすおそれのないときは、この限りでない。
(崩壊等による危険の防止)
第四百八条 事業者は、採石作業(坑内で行なうものを除く。)を行なう場合において、崩壊又は落下により労働者に危険を及ぼすおそれのある土石、立木等があるときは、あらかじめ、これらを取り除き、防護網を張る等当該危険を防止するための措置を講じなければならない。
このように、使用者としては、作業開始前に土石の落下などが生じうる状態でないかどうかのチェックすること、掘削面の勾配を基準値以下とすること、落下などの危険などのがある石などがあるときにはあらかじめ取り除くことなどの義務を負っています。
これらの義務は、使用者の労働者に対する安全配慮義務の内容に含まれると考えられ、これに違反した場合には使用者は損害賠償責任を負うことになります。
今回の事件で義務違反があったかどうかは不明ですが、今後労基署により調査がされるものと思われます。
8 新潟で労災のお悩みは弁護士齋藤裕へ
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