労災・公務災害で損害賠償請求できるのはどんな場合? 新潟県の弁護士齋藤裕は相談料初回無料

交通事故

執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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目次

1 労災保険とは別に請求できる損害賠償

2 労災と元請の損害賠償責任

3 労災と発注者の損害賠償責任

4 転落事故労災と損害賠償

5 タンク内での毒ガス発生と労災

6 安全扉の不設置と安全配慮義務違反

7 樹木からの転落と労災

8 海難事故の労災と損害賠償

9 プレス機での事故と労災

10 熱中症と労災

11 フォークリフトによる労災事故

12 土砂崩落による事故と労災

13 外国人と労災

14 砂に生き埋めになった事故と労災

15 化学物質過敏症と労災

16 感電による労災と損害賠償責任

17 ベルトコンベアによる労災事故と損害賠償責任

18 採石工場での採石作業中の労災事故

19 クレーンからの落下と労災

20 ガス爆発と労災

1 労災保険とは別に請求できる損害賠償

  業務上の事故でケガや病気をしたとき、労災保険や公務災害で補償がなされます。

  さらに会社に落ち度、安全配慮義務違反がある場合、会社は労災保険等で払われるものとは別に損  

 害賠償義務を負います。

  労災で支給された補償と性質が同じ損害については、その補償額分損害が支払われたものとみられます。例えば、休業補償が払われると、その分だけ損害賠償の休業損害や逸失利益の額が減ることになります。参照:労災保険による補償と損害賠償の関係についての判例

  損害賠償請求権は、その人の収入、年齢、死亡したかどうか、ケガや病気の程度等によって金額が     

 違ってきます。

  死亡ケースだと数千万円から1億円超のこともあります。

  ケガや病気のケースでも数千万円となる場合もあります。

2 労災と元請の損害賠償責任

目次

元請の安全配慮義務と条文

元請の安全配慮義務と裁判例

元請の安全配慮義務と条文

労働災害が発生した場合、元請が賠償責任を負うことは稀ではありません。

元請と労働者との間には直接の契約関係はありません。

しかし、労働者安全衛生法は、以下のとおり定めます。

第二十九条 元方事業者は、関係請負人及び関係請負人の労働者が、当該仕事に関し、この法律又はこれに基づく命令の規定に違反しないよう必要な指導を行なわなければならない。
2 元方事業者は、関係請負人又は関係請負人の労働者が、当該仕事に関し、この法律又はこれに基づく命令の規定に違反していると認めるときは、是正のため必要な指示を行なわなければならない。
3 前項の指示を受けた関係請負人又はその労働者は、当該指示に従わなければならない。
 
 
 このように、一般的に、元請事業者は、下請労働者の安全が確保されるよう対応すべき義務を負っています。
 
 また、労働者安全衛生法は、建設業の元請事業者について次のとおり定め、責任を強化しています(30条の特定元方事業者とは、建設や造船の元請事業主のことです)。
 
 
第二十九条の二 建設業に属する事業の元方事業者は、土砂等が崩壊するおそれのある場所、機械等が転倒するおそれのある場所その他の厚生労働省令で定める場所において関係請負人の労働者が当該事業の仕事の作業を行うときは、当該関係請負人が講ずべき当該場所に係る危険を防止するための措置が適正に講ぜられるように、技術上の指導その他の必要な措置を講じなければならない。
第三十条 特定元方事業者は、その労働者及び関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによつて生ずる労働災害を防止するため、次の事項に関する必要な措置を講じなければならない。
一 協議組織の設置及び運営を行うこと。
二 作業間の連絡及び調整を行うこと。
三 作業場所を巡視すること。
四 関係請負人が行う労働者の安全又は衛生のための教育に対する指導及び援助を行うこと。
五 仕事を行う場所が仕事ごとに異なることを常態とする業種で、厚生労働省令で定めるものに属する事業を行う特定元方事業者にあつては、仕事の工程に関する計画及び作業場所における機械、設備等の配置に関する計画を作成するとともに、当該機械、設備等を使用する作業に関し関係請負人がこの法律又はこれに基づく命令の規定に基づき講ずべき措置についての指導を行うこと。
六 前各号に掲げるもののほか、当該労働災害を防止するため必要な事項

特に建設現場での労働災害については、末端の下請、孫請事業者には資力がなく、十分な賠償をなしえない場合もあります。

そのような場合には、元請事業者が労働者安全衛生法を遵守しているかどうかしっかり確認し、元請に対する賠償請求も検討しなければなりません。

元請の安全配慮義務と裁判例

例えば、山口地裁下関支部令和4年2月25日判決は、

安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の附随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として認められるものである(最高裁判所昭和50年2月25日第3小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。そして,元請企業と下請会社等の従業員の関係のように直接の契約関係がない場合であっても,ある法律関係に基づき,信義則上の義務を肯定するに足りる特別な社会的接触の関係に入ったときには,元請企業は,下請会社等の従業員等に対しても,安全配慮義務を負う。
そして,労務関係に起因する安全配慮義務は,その労務等の遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得べき危険の防止について信義則上負担する義務を内容とするものといえるから,元請企業と下請会社等の従業員が特別な社会的接触の関係に入っているとしてこれを認めるためには,元請企業が下請労働者に対し作業の遂行に関する指示その他の管理を行うことにより,人的側面について支配を及ぼしていること,また,作業の場所の決定,作業の処理に要する機械,設備,材料,資材などの調達を下請会社等が行わず,元請企業が下請労働者の作業環境を決定するなどして,物的側面について支配を及ぼしていることを要するというべきである。

とした上で、当該事案において、元請に賠償責任を認めているところです。

3 労災と発注者の損害賠償責任

労災が発生した場合、労働者を使用していた使用者(あるいはその元請など)が損害賠償責任を負うことは多くあります。

しかし、発注者まで損害賠償責任を負うことは多くはありません。

例えば、津地方裁判所平成29年5月29日判決は、以下のとおり述べて、道路の擁壁工事で擁壁が崩落して生じた事故に関し、工事の発注者である市に労災についての賠償責任を認めています。

「Aが,施工業者として本件工事について作業員の安全を確保する義務を負うとしても,前記アで検討したとおり,津市工事請負約款において規定されている発注者や監督員の権限に照らせば,監督員が擁壁崩落の危険を認識し得る状況にあれば,それによって発注者としての被告の監督員らを通じた上記イの義務が発生するというべきである。仮に,切梁及び腹起し材といった簡易な土留工により,本件事故を防止でき,これがAの現場管理の範疇にあるものであったとしても,この理は変わらない。なお,被告は,工事契約約款26条1項に災害防止等のために必要があると認めるときは,受注者が臨機の措置をとらなければならない旨定められており,Aは,擁壁崩落を予見できる状況にあった以上,それを回避すべき措置をとる義務を同条項により負っていたと指摘するが,同条3項では監督員が臨機の措置をとることを請求することができるとされているのであるから,同条1項によって,受注者のみが作業員の安全を確保すべき義務を負っているとはいえない。」

その上で、判決は、発注者がKYミーティングで、擁壁に背を向けて作業しないという指示をした程度であり、それ以外に具体的な指示などをしていないことから、安全確保義務を果たしたとは言えないとしました。

結論的には、発注者に8912万3558円を支払うよう命ずる判決となっています。

このように、請負契約の条項に照らし発注者に安全確保のための措置をとる権限がある場合において、労災につながるような兆候がある場合において、発注者側に労災が発生しないよう対応すべき義務があるということです。

この事例は自治体が発注者であるという特殊性はあるものの、契約上発注者に監督権限が認められており、使用者に十分な賠償資力がないような場合には、この裁判例を活用し発注者の責任をも問うべき場合もあると思います。

4 転落事故労災と損害賠償

転落事故は労災の中でも頻繁に発生するものです。

作業現場によって対策は違うものの、高所作業においては防網を設置し、親綱の使用を指導すべきとされることが多く、使用者がその設置をしなかった場合には損害賠償責任が生ずるのが原則です。

目次

防網・親綱を設置する義務があるとした裁判例

ヘルメットの着用が義務付けられるとした裁判例

安衛則と転落事故

防網・親綱を設置する義務があるとした裁判例

例えば、東京地裁平成29年10月13日判決は、以下のとおり述べて、使用者が親綱や防網を設置しなかったことが安全配慮義務違反に該当するとしています。

「被告においては,ネットの取付作業をしているときは,安全帯のフックを金網や横ワイヤーに掛けるのみで親綱を使用せずに作業をすることが常態化し,親綱を常に使用しなければならないとの指導・教育はされていなかったものと認められ,Cにおいても,本件作業のうちネットの取付作業においては,親綱を常に使用しなければならないものとの認識がなかったものといえる。」
「その結果,Cは,法面上での作業に際しては常に親綱をロリップに装着させるべきところ,そのようにしなかったために転落したものであるところ,親綱を使用していれば本件事故は起きなかったものと認められるから,ネットの取付作業をしているときには,安全帯のフックを金網や横ワイヤーに掛けるのみで親綱を使用せずに作業をすることを常態化させていた被告の責任は重いというべきである。」

「防網は,高所の作業において労働者が転落するという事故が発生することを前提とする安全対策であって,本件現場においても,防網が設置されていたのであれば,Cが負傷する本件事故は生じなかったものといえる。したがって,本件現場において,安全な労務環境を提供する義務を負っていた被告,B及びAは,防網を設置しなかったことについて注意義務違反があるというべきである。」

ヘルメットの着用が義務付けられるとした裁判例

また、東京地裁令和4年12月9日判決は、棚の天板上に乗って天板の溶断をしていた労働者が、棚の倒壊に伴い転落した事故について、「一定程度墜落の危険性がある本件解体工事に従事させる以上、被告には少なくともヘルメットを着用させる、安全教育等の措置を採るなどの義務」があるとしました。

このように、高所で作業する場合には親綱の使用を指導したり、防網を設置することが必要なのが原則です。それが困難でも、ヘルメットなどの着用や安全教育は最低限必要です。それらを怠った場合、使用者には安全配慮義務違反があるとして損害賠償責任が生ずることが多いのです。

安衛則と転落事故

なお、安衛則は、以下のとおり、転落事故を防止するための基準を設けており、それに違反した場合には安全配慮義務違反となる可能性があります。

518条 作業床の設置義務。それができない場合の防網設置、要求性能墜落制止用器具を使用させる義務

519条 開口部等に囲い、手すり、多い等を設置する義務。それができないときに防網設置、要求性能墜落制止用器具を使用させる義務

522条 強風、大雨、大雪等の悪天候時に作業をさせない義務

523条 必要な照度を確保する義務

524条 踏み抜き防止のために歩み板や防網を設置する義務

526条 安全に昇降するための設備を設置する義務

527条 適切な移動ハシゴを使う義務

528条 適切な脚立を使う義務

529条 作業指揮者を定め、労働者に作業手順等を周知すべき義務

530条 関係労働者以外を立ち入らせない義務

5 タンク内での毒ガス発生と労災

タンク内で作業している労働者が毒ガスで死傷するという事故はそれなりの頻度で発生する労災事故です。

例えば、温泉タンクの清掃作業中に労働者が硫化水素により死亡した事故について、長崎地裁平成28年12月20日判決は以下のとおり述べます。

「温泉タンク内から硫黄臭ないし腐卵様臭がすること,すなわち硫化水素が発生していることは周知の事実といえ,実際に,本件旅館の設備である温泉タンク内においても,清掃作業時には100ないし数百ppmという高濃度の硫化水素が発生していたのであるから,そして,硫化水素は毒作用を有するもので生命の危険も生じるものであるから,使用者である被告や,その安全管理者であるCには,従業員,とりわけ温泉タンクの維持管理業務に従事する営繕課の従業員に対し,日頃から,硫化水素の特性(有毒性や危険性)を正しく認識理解できるような安全衛生教育を行い,作業時の手順や安全上の注意を明確に定めたり指示したりしておく義務や,温泉タンク付近の見えやすい場所に関係者以外立入禁止の表示を設置すると共に,硫化水素の有毒性・危険性等について十分な知識を有している関係従業員以外の者は立ち入ってはならない趣旨であることを正しく認識理解させ,これを周知徹底しておく義務があったというべきである。また,平成25年6月11日に本件タンク内の清掃作業を行うに際しても,硫化水素の有毒性・危険性や本件タンク内に入ることの危険性を正しく認識理解させた上,その作業手順や注意事項を具体的に指示すると共に,本件タンク内に入るのは禁止であることを明確に指示しておく義務があったというべきである。」

このように、毒ガス発生の危険性を認識しうる状況において、事業者としては、労働者にその危険性を認識させ、作業手順や注意事項、タンク内に入ることは禁止であることを具体的に指示する義務があるとしています。

硫化水素に限らず、毒ガスが発生する現場では、同様の義務が認められるといえるでしょう。

なお、同事案では、事業者には義務違反があったとされ、死亡についての損害賠償責任もみとめられています。

他方、労働者も、硫化水素発生の危険性を認識することができた、そうはいっても労働者は業務としてタンクに入った、事業主は一回も安全対策の教育をしていなかったという事情もあるとして、1割の過失相殺がなされているところです。

6 安全扉の不設置と安全配慮義務違反

労働安全衛生規則は、以下のとおり定めます。

「第百四十七条 事業者は、射出成形機、鋳型造形機、型打ち機等(第百三十条の九及び本章第四節の機械を除く。)に労働者が身体の一部を挟まれるおそれのあるときは、戸、両手操作式による起動装置その他の安全装置を設けなければならない。
2 前項の戸は、閉じなければ機械が作動しない構造のものでなければならない。」
 
 このように、一定の機械に労働者の身体の一部がはさまれるおそれがある場合、使用者は安全装置をもうけなければならないとされています。
 そこで、どのような場合に、「労働者が身体の一部を挟まれるおそれのある」といえるのか問題となります。
 東京高裁平成28年11月8日判決は、使用者が身体の一部をはさまれるおそれのある行為をしないよう指導していたという事案において、以下のとおり述べ、「労働者が身体の一部をはさまれるおそれのある」状態だったと認定しました。
 
 「本件機械で作業をしている労働者は,定期的に発生するバリに対処するため,全自動運転中の本件機械に近づき,本件機械を停止してから行うにせよ,自動運転中に行うにせよ,バリ取り作業を行うため,金型に近づく必要があったのであるから,何らかの過失により,本件機械の可動金型と固定金型の間に労働者の身体の一部が入り込んで挟まれるおそれがあったといえる。このような場合,事業者は,規則147条所定の安全装置を設けなければならないが,事業者である被告会社が本件機械に安全扉を設置していなかったことは前記のとおりである。なお,被告会社は,本件機械について,両手操作式による起動装置を設けていたが,本件機械は,通常全自動運転によって稼働されており,その場合,両手操作式による起動装置は,安全装置としての機能を有していないので,これをもって規則147条が定める安全装置を設けたことにはならない。
以上のとおり,被告会社は,本件機械に労働者が身体の一部を挟まれるおそれがあるのに,安全扉等の安全装置を設置していなかったのであるから,本件は,規則147条1項に該当するといえる。」
 
 つまり、指導に反した作業員の身体の一部が挟まれるおそれがあるのであれば「労働者が身体の一部をはさまれるおそれのある」状態と言えるとしたのです。
 ヒューマンエラーが不可避である以上、高裁判決は極めて現実的かと思います。
 

7 樹木からの転落と労災

目次

樹木からの転落事故と安全配慮義務違反

樹木からの転落事故と過失相殺

東京地裁平成28年9月12日判決、控訴審の東京高裁平成30年4月26日判決は、植物管理工事において作業員が樹木から転落した事故(労働災害)について、使用者側に損害賠償責任を認めています。

樹木からの転落事案において参考になると思われるので、ご紹介します。

樹木からの転落事故と安全配慮義務違反

東京地裁判決は、「二丁掛けの安全帯を使用していれば,木に登った後,ひもを掛け替えながら移動することで,落下事故を防ぐことができたといえる。しかし,本件事故当時,本件工事のような樹木の剪定作業において,二丁掛けの安全帯を使用することは,造園業界において一般的であったとはいえず,一丁掛けの安全帯を使用して,安全帯を別の枝に掛け替える際,三点支持の方法によって落下を防ぐことが一般的であったといえる。」、「上記1(4)のとおり,原告X1は,被告Y1に入社するまでの間,剪定作業等の経験がなく,被告Y2の作業に同行して作業方法や安全衛生事項に関する教育を受けていた。したがって,被告Y1は,被告Y2をして,原告X1に対し,高所作業に従事するにあたり,安全帯を別の枝に掛け替えるときや作業場所を移動するときなど,安全帯を外して移動する際における落下事故を防ぐため,三点支持の方法を具体的に指導する義務があったといえる。」としています。

つまり、二丁掛けの安全帯を使う義務まではないものの、一丁掛けの安全帯を使う場合には、転落防止のためには三点支持の方法を指導する義務があったとしました。

その上で、使用者においてその指導をしていなかったとして、安全配慮義務違反を認め賠償責任を認めたものです。

東京高裁も同様の理由で安全配慮義務違反を認めています。なお、東京高裁は、直接雇用者だけではなく、元請の責任も認めています。

樹木からの転落事故と過失相殺

同事案において、使用者側は、作業員が安全帯を使用していなかったとして過失相殺を求めました。

これについて、東京地裁判決は、「そもそも原告X1は,本件事故以前における,木に登って行う剪定作業の経験が浅かったことからしても,原告X1は,実地における作業を通して,具体的にどのような場合に安全帯を使用すべきか,また,安全帯を使用することができない場合にとるべき方法等について,指導を受けることなしには安全を確保することはできなかったといえる。
したがって,本件事故は,被告Y2が,原告X1に対し,安全帯を使用しない場合の安全確保の方法に関する具体的な指導をしなかったことにより発生したものといえるから,原告X1に過失は認められない。」として過失相殺を認めませんでした。

ところが、東京高裁判決は、「三点支持の方法について指導を受けていなくとも,一丁掛けの安全帯の着用については行うべきことを認識していたのであるから,第2の欅での作業方法に従うなどして,一丁掛けの安全帯による高所作業の場合の安全確保の方法を講じていれば,本件事故の発生を防ぐことは可能であったといえるから,控訴人X1の過失は大きいといわざるを得ない。」として5割の過失相殺を認めています。

初心者である作業員に使用者がきちんと指導をしていなかった以上、作業員側に過失は認められないという結論の方が実情に沿うように思います。

樹木の上での作業については、転落により重大な障害が生ずる可能性があります。

使用者には、従業員が安全な行動を取るよう、具体的に指導すべき高度の義務が認められるべきといえるでしょう。

8 海難事故の労災と損害賠償

鳥取地方裁判所平成31年3月22日判決は、漁船の転覆事故という労災事件について、安全配慮義務違反を認め、乗組員の使用者に損害賠償責任を認めています。

海難事故における安全配慮義務違反のあり方について参考となる裁判例と思われるので、ご紹介します。

目次

1 海難事故と海上保安庁への連絡義務

2 海難事故と錨泊義務

3 海難事故と救命胴衣の着用義務

1 海難事故と海上保安庁への連絡義務

判決は、船長としては、自力航行不能となった場合において海上保安庁に救助を要請すべきであったのに、しなかったとして、安全配慮義務違反を認めました。

判決は、その前提として、「船長は、自船に急迫した危険があるときは、乗組員を含む人命の救助に必要な手段を尽くすべき任務を有する以上、自船に急迫した危険がある状況にあって、人命の救助に必要な手段を尽くさなかったと認められる場合には、当該人命との関係で、船長に求められる業務上必要な注意を怠ったものと認めざるを得ない」との判断を示しています。

また、判決は、船長としては、「取り得る選択肢が複数ある場合には、そのいずれをとるかは同船長の裁量の範囲内にゆだねられるべきであり、後方視的にみて、最良であったかどうかを問うことは許されない」とも述べています。

結論として、同判決は、海上保安庁への連絡は「容易かつ可能な手段」であった、「主機停止時点ないしその後まもなく、海上保安庁に通報し、その救助又は援助を要請していたとすれば、その状況に応じて、アグスタによる吊り上げ救助、巡視船の指示に基づく錨泊ないしその指示・援助を受けながらのえい航など、人命救助に向けた相当な手段がとられたものと認めることができる」として安全配慮義務違反を認めています。

2 海難事故と錨泊義務

判決は、投錨に特段の支障がなかったこと、錨泊をさせることが十分期待できる状況にあったとして、錨泊をさせなかったことについて安全配慮義務違反を認めています。

3 救命胴衣の着用

判決は、船に急迫した危険があったこと、救命胴衣の着用が落水した場合の生存可能性を高めることから、船長は乗組員に救命胴衣を着用させるべき義務を負っていたとしました。

それにも関わらずこれを怠ったとして安全配慮義務違反を認めています。

その上で、この義務違反の結果、乗組員の死亡という結果が生じたと認定しました。

危険と隣り合わせの漁などの場面において船長には高度な安全配慮義務が認められます。

その具体的内容を明らかにしたものとして、同判決は参考価値があるものと思われます。

宮崎地裁延岡支部平成20年9月19日判決も、漁ろう作業中に救命胴衣を着用させるべき安全配慮義務を認めています。参照:救命胴衣を着用させるべき安全配慮義務を認めた判決

9 プレス機での事故と労災

目次

プレス機での労災と労安衛則

プレス機での労災と裁判例

 

プレス機械での労災と労安衛則

プレス機での労災は比較的多く発生するものです。

労安衛則は以下のとおりプレス機について労災防止のための義務をもうけています。

第百三十一条 安全囲いを設ける等当該プレス等を用いて作業を行う労働者の身体の一部が危険限界に入らないような措置を講じなければならない。それが困難な場合でも適切な安全装置を設けなければならない。
第百三十一条の二 動力プレスの金型の取付け、取外し又は調整の作業を行う場合において、当該作業に従事する労働者の身体の一部が危険限界に入るときは、スライドが不意に下降することによる労働者の危険を防止するため、当該作業に従事する労働者に安全ブロツクを使用させる等の措置を講じさせなければならない。
第百三十一条の三 事業者は、プレス機械の金型の調整のためスライドを作動させるときは、寸動機構を有するものにあつては寸動により、寸動機構を有するもの以外のものにあつては手回しにより行わなければならない。
第百三十二条 事業者は、プレス等のクラツチ、ブレーキその他制御のために必要な部分の機能を常に有効な状態に保持しなければならない。
第百三十三条 事業者は、令第六条第七号の作業については、プレス機械作業主任者技能講習を修了した者のうちから、プレス機械作業主任者を選任しなければならない。

第百三十四条 事業者は、プレス機械作業主任者に、安全装置点検、安全装置異常時の適切な措置などを行なわせなければならない。

第百三十四条の三 事業者は、動力プレスについては、一年以内ごとに一回、定期に、自主検査を行わなければならない。
第百三十五条 事業者は、動力により駆動されるシヤーについては、一年以内ごとに一回、定期に、自主検査を行わなければならない。を行つた年月を明らかにすることができる検査標章をはり付けなければならない。
第百三十六条 事業者は、プレス等を用いて作業を行うときには、その日の作業を開始する前に、点検を行わなければならない。
第百三十七条 事業者は、自主検査又は点検を行つた場合において、異常を認めたときは、補修その他の必要な措置を講じなければならない。
 

これらの義務に違反した場合、使用者が安全配慮義務に違反したものとして損害賠償を命じられる可能性があります。

プレス機での労災と裁判例

最近の事例としては、平成28年4月28日判決があります。

これは、プレス作業中、不良品を取り除こうとして、手をプレス機に挟まれたという労災事故についてのものです。

同事故において、被災労働者は自ら安全装置を解除しており、それが事故の発生原因となっています。

判決は、以下のとおり述べ、安全配慮義務違反を認定しています。

本件各プレス機には,安全囲い等は設けられておらず,安全装置が備え付けられているものの,安全装置を不作動にすることができ,かつ,そのための切替えキーは,本件各プレス機に取り付けられていたため,被告の従業員によって自由に操作することができたこと,事業主はプレス機械作業主任者を選任して,安全装置の切替えキーを保管させる義務があるが,少なくとも被告では,プレス機械作業主任者が安全装置の切替えキーを保管する状況にはなかったこと,本件第一事故については,安全装置を不作動にすることを了承したことは上記のとおりである。
そうすると,安全装置の切替えスイッチが切り替えられたいかなる状態でも,作業を行う労働者の安全を確保することができる措置が講じられていたとはいえないうえ,プレス機械作業主任者をして安全装置の切替えキーを保管させることもなかったから,被告は,規則131条及び134条に違反していたと認められる。」
「被告が従業員に適切な安全教育をしたとは認められず,安全装置の切替えキーを本件各プレス機に挿したままとし,安全装置を不作動にしたまま作業をすることも容認していたことは上記のとおりであるから,労働災害の発生を防止するための適切な措置を取ったともいえない。
そうすると,被告は,本件各事故の時点において安全配慮義務に違反しており,また,これらの措置が適切に取られていれば,本件各事故は発生しなかったと認められるから,被告の安全配慮義務違反と本件各事故の発生には相当因果関係がある。

このように、被災労働者は自ら安全装置を解除していましたが、使用者においてそれを可能とする状況をつくっていたことから、安全配慮義務違反を認定したのです。

プレス機での事故に限りませんが、使用者としては労働者が安全ではない作業方法を取ったというだけでは免責されず、事故が起こらないよう最大限の措置を取ることが求められるのです。

10  熱中症と労災

これから熱い日が増え、熱中症にかかる方も増えていくと思われます。

熱中症は労災として発生することもあり、損害賠償責任を認める裁判例もあります。

目次

静養をさせなかったために熱中症になったことを安全配慮義務違反とした裁判例

厚生労働省の熱中症マニュアルと安全配慮義務

静養をさせなかったために熱中症になったことを安全配慮義務違反とした裁判例

例えば、大阪高裁平成28年1月21日判決は、造園業の従業員が熱中症で死亡した事件について、使用者に損害賠償責任を認めています。

同判決は、以下のとおり述べて、従業員が熱中症で死亡したことについて、使用者側に安全配慮義務違反があったとしました。

「被控訴人は,Dに対し,日頃から高温環境下において作業員が具合が悪くなり熱中症と疑われるときは,作業員の状態を観察し,涼しいところで安静にさせる,水やスポーツドリンクなどを取らせる,体温が高いときは,裸体に近い状態にし,冷水を掛けながら風を当て,氷でマッサージするなど体温の低下を図るといった手当を行い,回復しない場合及び症状が重い場合などは,医師の手当てを受けさせること等の措置を講ずることを教育しておく義務があったというべきである。
しかるに,Dは,本件現場において亡Aを指揮監督する立場にありながら,亡Aが午後2時頃から具合が悪くなったことを認識した後,亡Aの状態を確認しておらず,高温環境を脱するために適切な場所での休養をさせることも考慮せず,そのまま亡Aを本件現場に放置し,熱中症による心肺停止状態に至る直前まで,救急車を呼ぶ等の措置もとらなかったものであって,このようなDの行動からすれば,被控訴人において,Dに対し,前示のような労働安全教育をしていたとは認め難い。
よって,被控訴人は,自らも前示の安全配慮義務違反による損害賠償義務を負うというべきである。」

つまり、使用者には、熱中症が疑われる従業員がいるときには安静にさせるなどの対応を取る義務がある、回復しない場合には救急車を呼ぶ義務もある、しかし当該事件で使用者はこのような義務を履行しなかったため安全配慮義務違反があるとしたのです。

熱中症が生命の危険につながる危険なものである以上、かかる安全配慮義務を果たすべきは当然と考えます。

なお、この事件では、34度以上の気温の中での作業となっています。

しかし、造園業という職種であり、作業自体を回避することの現実的可能性はなかったと考えられます。

しかし、職種などによっては、高温環境下での作業自体を回避すべき場合もあると考えられます。

厚生労働省の熱中症マニュアルと安全配慮義務

労働の分野では、厚生労働省が「職場における熱中症予防対策マニュアル」を公表するなどしていますので、この内容が安全配慮義務の内容となると考えられます。参照:熱中症予防マニュアル

ですから、これに違反すると違法の問題が出てくると思われます。

同マニュアルの内容の要旨は以下のとおりです。

・高温多湿作業場所では発熱体と労働者の間に熱を遮ることのできる遮蔽物を設ける

・直射日光を遮ることができるよう簡易な屋根を設ける、ミストシャワーを設置する

・冷房を備えた休憩場所を設ける。休憩場所は横になることができる広さを備える

・水風呂など体を適度に冷やすことができる設備をもうける

・水分や塩分の補給を容易になしうるように飲料水等の備え付けを行う

・作業時間の短縮、負荷の高い作業を避ける、作業場所を変更する

・計画的に熱への順化を行う

・自覚症状以上に熱中症が進行していることがあるので、自覚症状の有無に関係なく、作業前後・作業中の水分摂取をうながす

・熱を吸収しやすい服装を避ける

・定期的に水分や塩分を摂取しているかどうかや労働者の状態について巡視を行う

11 フォークリフトによる労災事故

フォークリフトによる労災事故は比較的多く発生しています。

裁判例でも、フォークリフトによる事故について使用者などの責任を認める事例が多くあります。

目次

フォークリフトが走行して歩行者に衝突した事故

フォークリフトの荷物の積み下ろしによる事故と損害賠償

フォークリフトが走行して歩行者に衝突した事故

大阪地裁令和3年12月2日判決は、フォークリフトが走行中に歩行者に衝突した事故について、運転者は、「本件車両を前進させるに当たって,その進行方向の安全を確認するべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り漫然と前進させた過失によって原告を受傷させたものであって,民法709条に基づく不法行為責任を負い,その不法行為は,被告会社の従業員である被告Y1が被告会社の事業の執行について行ったものであるから,被告会社は,民法715条に基づく使用者責任を負う。」とし、会社に賠償責任を認めました。
他方,同判決は、被害者は,「作業中のフォークリフトである本件車両付近において,積荷を支えていたのであって,本件車両の動静を注視して自らの安全の確保を図るべきであるにもかかわらず,これを怠ったことが本件事故の一因となっているものである。」として被害者に15%の過失を認めました。

名古屋高裁平成28年6月23日判決も、フォークリフトが走行中に歩行者と接触した事故について運転手側の義務違反を認めた結論を維持しつつ、「1審原告についても,A構内は,上記のとおりフォークリフトと歩行者が混在し,それぞれ自己責任で安全を確保すべき状況にあったのであるから,そのような状況下で,1審被告車両が走行している動線上を横切るに当たっては,同車両の挙動を十分注視すべき義務があったといわざるを得ない」として、被災労働者に15%の過失を認め、過失相殺をしています。

フォークリフトの荷物の積み下ろしによる事故と損害賠償

フォークリフトからコンテナを降ろす際に高いところからいきなりコンテナをトラックにおろしたためにトラックの運転手が負傷した事案についての東京地裁平成22年3月29日判決は、以下のように述べ、フォークリフト運転手の過失と使用者責任を認めました。

訴外Hが積荷が満載された本件冷凍コンテナを本件トラックの荷台に積載するに当たり,偏荷重のため本件冷凍コンテナがやや傾き,運転席側に隙間があったのであるから,同コンテナを持ち上げたフォークリフトを慎重に操作して安全に本件トラックの荷台に積載すべき注意義務を怠り,やや乱雑なフォークリフト操作をして本件冷凍コンテナの運転席側に落下させて衝撃を生じさせ,これにより本件トラック運転席内の原告にも物理的衝撃を与えて負傷させたことを推認することができるのであり,これと結論同旨の川崎南労働基準監督署長の労働災害認定に誤りはない。訴外Hが本件事故当時被告が使用していた者であり,訴外Hのフォークリフト操作作業は被告の事業の執行につき行っていたことは明らかであるから,被告が訴外Hの原告に対する不法行為につき使用者責任(民法715条1項本文)を負うというべきである。」

このように、荷物の降ろし方が不適切であることを理由とした義務違反を認定しています。

大阪地裁平成28年9月8日判決は、「フォークリフトを操作して,商品を載せたパレットを持ち上げ,他の場所に運搬する際,周辺で荷物の積卸し及び整理作業を行う作業員の動向に注意して安全に運転する義務があったと認められるところ,同被告は,同義務を怠り,原告が作業していることに気付かず,本件フォークリフトで原告の左側にあったパレットを押して動かし,同パレットを原告に衝突させて本件傷害を負わせたと認められる」として不法行為責任を認めました。

このようにフォークリフトでは、運転だけではなく、荷物の上げ下げの過程についても、周囲にいる者の安全を配慮すべき義務が認められることになります。

12  土砂崩落による事故と労災

東京地裁平成25年2月22日判決は、試掘作業中に土砂崩落が発生したために死亡した労働者の遺族から使用者に対する損害賠償請求を認めました。

土砂崩落による事故における安全配慮義務を考える上で参考になるものと思われますのでご紹介します。

同判決は、安全配慮義務違反について以下のような判断を示しています。

「本件試掘調査に立ち会った被告のK及びGは,本件事故の前日には台風の接近により大雨が降り,朝方まで雨が残っている状況であって,本件土地が軟弱になっており,本件土地においてトレンチを掘削すれば,壁面が崩落し,トレンチ内部で作業中の者の生命身体に危険が及ぶ可能性があったにもかかわらず,本件試掘調査の実施に反対することなく掘削を開始させ,また,同調査の半ばで本件土地から離れて漫然と掘削作業を続行させ,そのために2本目のトレンチの壁面の一部が崩れるという本件事故の予兆も見逃し,掘削作業を中止することができなかったものであり,その結果Bは崩落した土砂に埋まり,死に至ったものであるから,被告にはBに対する安全配慮義務違反があったというべきである。」

このように、大雨により土砂崩落が懸念されうる状況があったのに、漫然と掘削作業をさせたことについて安全配慮義務違反を認めています。

使用者としては、天候その他土砂の崩落につながりかねない事情に留意し、労働者の安全確保を最優先に、危険であると判断される場合には掘削などの作業を回避すべき義務があるということになります。

13 外国人と労災

入管法が改正され、特定技能外国人の来日が今後増えることが想定されます。

これらの外国人労働者については、言語の違いに起因して労働災害の被害者となる可能性があります。

これまでも外国人労働者の労災被害は多く発生しており、使用者の責任を認めた裁判例も存在します。

例えば、名古屋地裁平成25年2月7日判決は、中国人の労働者(研修生)が、パイプ曲げベンダーで作業中に指をなくす事故にあったという事件について、使用者の安全配慮義務違反を認めました。

同判決は前提として、パイプ曲げベンダーが射出成形機に該当するとし、「本件機械は労働者の身体の一部をはさむおそれのあるものであると認められるから,被告は,労働安全衛生規則147条1項に従い両手操作式あるいは感応式の安全装置を取り付ける等の必要な措置を講じる義務があったというべきである(同規定は,研修生が作業従事者である場合にも準用するのが相当である。)」としました。
また,使用者としては,作業手順などについて教えてはいましたが、裁判所はそれでは不十分としました。

つまり、「原告は中国人であり,日本語をほとんど理解できず,また,研修生として来日した者であることを考慮すると,作業手順や注意事項及び事故発生時における対応等について,中国語で記載した書面を交付するか,中国語で説明した上,その内容・意味を正確に理解していることを確認するのでなければ,安全教育としては不十分であって,安全配慮義務を尽くしているとはいえないというべきである。」、「したがって,被告には,安全配慮義務違反があったと認められ,上記認定の本件事故の発生原因を考慮すると,被告の安全配慮義務違反と本件事故との間には相当因果関係があると認められる。」との判断を示しました。

つまり、外国人労働者については、母国語により安全教育をすべき義務があり、それを怠った場合には安全配慮義務違反となるとしたのです。

もちろん、かなり日本語能力の高い労働者であればそのような義務はないといえるでしょう。

しかし、事がある程度専門的な事柄であり、身体生命に関わる問題でもあることから、多くの外国人労働者については、やはり母国語で安全な作業方法等について教育する義務があると考えられます。それはそれほど高度な日本語能力を求められない特定技能資格で就労する外国人労働者についても同じです。

14 砂に生き埋めになった事故と労災

大量の砂がある現場での作業については、砂に埋もれ死傷する危険性が伴います。

ですから、使用者としては、労働者の生命健康を護るため、立ち入り禁止など、安全配慮義務を果たす必要があります。

大量の砂がある現場で使用者が安全配慮義務を果たさず、その結果労働者が砂に埋まって、生き埋めとなった事件について、長野地裁上田支部昭和61年3月7日判決は、以下のとおり判断を示しています。

「被告立科生コンは「土砂に埋没することにより労働者に危険を及ぼす場所」である本件ストックヤードが南側から人が自由に出入りできる構造及び状態であったのを放置し、柵その他立入防止のための設備及びホッパーへの転落防止のための設備を設けず、本件ストックヤード内で亡昭男を作業に従事させるにあたって安全帯を使用させるなど危険を防止するための諸措置を講じず、かつ、亡昭男に対し、安全教育を十分行わなかった点において、右安全配慮義務を履行しなかったものというべきである。」

 同判決は、労働安全衛生規則の以下の条文をもとに判断をしているものと考えられます。 (ホッパー等の内部のおける作業の制限)  第五百三十二条の二 事業者は、ホッパー又はずりびんの内部その他土砂に埋没すること等により労働者に危険を及ぼすおそれがある場所で作業を行わせてはならない。 ただし、労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等当該危険を防止するための措置を講じたときは、この限りでない。

このように、大量に砂があるような現場においては、みだりな出入りをさせないことが求められます。

また、作業をさせる場合でも、安全帯を着用させるなどの配慮をしなければなりません。

これらの配慮がないまま作業がなされ、労働者が死傷した場合、使用者は安全配慮義務違反として損害賠償責任を負うことになります。

新潟県内では、大量の砂の中で作業をせざるをえない現場が多くあります。

上記安全配慮義務の着実な履行が求められるところです。

15 化学物質過敏症と労災

東京地裁平成30年7月2日判決は、化学物質を取り扱う検査業務に従事していた労働者が有機溶剤中毒、ひいては化学物質過敏症にり患したという事案について、以下のとおり述べ、使用者に安全配慮義務違反があったとして損害賠償を命じました。

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有機溶剤中毒であったとの認定

有機溶剤中毒の安全配慮義務違反

 

有機溶剤中毒であったとの認定

まず、判決は、以下のとおり述べて、労働者が業務中に化学物質に曝露されていたことで有機溶剤中毒にり患したと認定しました。

「原告は,本件検査分析業務に従事する過程で,長期間にわたって,相当多量のクロロホルムやノルマルヘキサン等の有機溶剤に曝露されていたことが認められる。」
「原告は本件検査分析業務を行っていた平成5年9月から平成13年6月の間,頭痛,微熱,嘔吐,咳などの症状があったこと,同月15日には被告の産業医に体調不良を申し出て,職場の異動を希望していること,その後も体調不良を訴えて就労場所が複数回変更されたことが認められるところ,前記原告の症状のうち本件検査分析業務を行っていた際の症状は,有機溶剤中毒の症状に合致し,本件検査分析業務を外れた後については,化学物質過敏症の症状に合致している。」
「原告は,複数の医師から,有機溶剤中毒及び化学物質過敏症に罹患したと診断されているところ,これらの診断は,赤外線瞳孔検査機による自律神経機能検査,眼球追従運動検査,眼球電位図による眼球運動評価,電子瞳孔計による瞳礼対光反応評価等,厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班が提示した診断基準の検査所見に対応する検査方法を用いている」
「これらの本件検査分析業務の内容,原告の症状発症の経過,医師による診断内容を総合すると,原告は,本件工場内の研究本棟において,本件検査分析業務に従事する過程で,大量の化学物質の曝露を受けたことにより,有機溶剤中毒に罹患し,その後,化学物質過敏症を発症したと認めるのが相当である。」

このように、化学物質に長期間曝露されていたこと、症状の経過、医師の診断などから、業務中の化学物質曝露が有機溶剤中毒の原因であるとしました。

有機溶剤中毒の安全配慮義務違反

その上で、以下のとおり、使用者には、局所排気装置等設置義務、保護具支給義務、作業環境測定義務があったのに果たさなかったとして、安全配慮義務違反を認めました。

「被告には,雇用契約上の安全配慮義務の内容としての局所排気装置等設置義務,保護具支給義務及び作業環境測定義務の各違反が認められる。そして,各義務の法令上の基準は,作業従事者の健康被害を防止するために設定されたものであるから,被告の上記各義務違反がなければ,症状発現につながるような原告の有機溶剤及び有害化学物質への曝露を回避することができたと推認することができ,かかる推認を妨げる事情は,本件全証拠によっても認められないことからすると,被告の安全配慮義務違反と原告が化学物質過敏症に罹患したこととの間には,相当因果関係があると認められる。」

化学物質曝露により、場合によっては癌にり患することもあり、重大な結果に結びつく可能性がある労災類型といえます。

いずれにしても、化学物質曝露による労災においては、共通して局所排気装置等設置義務,保護具支給義務及び作業環境測定義務が果たされているかどうかがポイントとなります。

16 感電による労災と損害賠償責任

感電による労災は比較的目にすることの多い労災です。

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電動工具の点検不備の安全配慮義務違反

アースをしなかった安全配慮義務違反

 

電動工具の点検不備の安全配慮義務違反

東京地裁平成22年3月19日判決は、以下のとおり述べ、感電により転倒した発生した労災について使用者の損害賠償責任を認めています。

本件事故の態様は,ハンマードリルの電気ケーブルの被覆が一部損傷していたためにハンマードリルを使用して作業していた作業員が感電したというもので,本件工事の現場において発生することを想定することが困難な事故ではないのであり,また,電動工具の電気ケーブルに損傷がないかを点検していれば,本件のような事故を容易に防止することは十分に可能ということができる。
しかるに,両被告は,本件工事の現場に電動工具を持ち込む際に当該工具の点検を行うものの,その後の作業を通じ,工具本体や電気ケーブル等に摩耗等の劣化が生じることは十分に想定されるのに,持込時以降は,各工具の使用前において当該工具を使用する作業員にその点検をさせていたにすぎず,始業前における作業員による点検についても,両被告は,作業員に対して細部まで指導していなかった」等として、裁判所は、電動工具の点検体制を十分なものにしておかなかったことで使用者側に安全配慮義務違反を認めています。

従業員に点検させるというだけでは不十分であり、細部までの指導も必要としている点が注目されます。

電動工具の安全性は感電防止の大前提ですから、同判決の判断は他の感電労災においても参考にされるものと思われます。

アースをしなかった安全配慮義務違反

また、盛岡地裁昭和63年3月10日判決は、架線の補修作業中の感電事故について、

本件のような交流電流の場合、五○ボルト以下の電圧でも感電死亡が十分にあり得ることが認められるところ、本件と同様の状況下では約一・八キロボルトの誘導電圧が発生し 約一八○ミリアンペアの電流が流れる可能性のあることは前記二項3で判示のとおりであって実際には、仮に感電事故が発生するとすればほぼ間違いなく死亡に至るような状況にあったと考えられるのであるから、右のような状況においては、本件のように検電等によって右トロリ線における誘導電圧の発生の有無及びその程度を確認しないで作業に入る以上、三浦助役は、本件作業を指揮する者として、万一の事態に備え、本件引止線の吊架線のみならず同トロリ線にも接地を施して作業員の安全を確保した上で作業に入り、担当職員の感電を防止すべき注意義務力あったと解される。しかるところ、三浦助役は、右吊架線にのみ接地し、トロリ線への接地を施さずに本件作業に入った結果、本件事故を惹起させるに至ったのであるから、この点、本件事故につき、同人に過失かあると言わなければならない。

としています。

誘導電圧が発生しうる状況で接地(アース)を施すことも使用者の安全配慮義務の内容となります。

17 ベルトコンベアによる労災事故と損害賠償責任

工場で多用されているベルトコンベアをめぐる労災事故は決して珍しいものではありません。

東京地裁平成22年2月19日判決は、労働者が一旦停止したベルトコンベアが再稼動した際にベルトコンベアで左足を挟まれる事故にあったという件について、使用者側の安全配慮義務違反を認めており、参考になるのでご紹介します。

まず、裁判所は、以下のとおり述べ、一旦停止したベルトコンベアを再開させるについては、声掛けや周囲の労働者の安全確認が必要だとしました。

「本件においては,ベルトコンベアが停止されたのは,作業員が選別した金属を入れる箱の交換が必要となったからであり,その際に,Cが同人自身の判断により,排出用のベルトコンベアのローラーに絡まっていたゴミの除去作業を行い,メインベルトコンベア脇の定位置から移動してCの作業を見ていた原告が本件事故に遭ったのであるから,ベルトコンベアの掃除,給油,検査又は修理の作業を行うためにベルトコンベアの運転が停止された場合ではないものの,上記労働安全衛生法及び同規則の趣旨に照らすと,機械の不具合以外の理由でベルトコンベアが停止され,その際に,作業員が持ち場を離れる場合,あるいは作業員が持ち場を離れて,ベルトコンベアの周辺で保守等の作業を行う場合にも,ベルトコンベアを再始動するに当たっては,スイッチ操作を行うこととされた労働者が声かけ等を行い,ベルトコンベア周辺にいる労働者の安全を確認してからスイッチ操作を行うなど,ベルトコンベア周辺にいる労働者に危険が及ぶことを防ぐための措置をとることが不可欠であり,事業者である被告は,上記作業についての役割分担と作業手順等の注意事項を作業員に徹底させるなど,ベルトコンベアによる事故を防止するための措置をとるべき義務を負っていたと解するのが相当である。」

その上で、以下のとおり、当該訴訟の使用者側の現場では、ベルトコンベア再開の際の注意事項を従業員に徹底などさせていなかったとして、安全配慮義務違反を認めました。
「しかしながら,ベルトコンベアが,機械の不具合以外の理由で停止され,その際に,作業員が持ち場を離れる場合,あるいは作業員が持ち場を離れてベルトコンベア周辺で保守等の作業を行う場合について,被告が上記のような役割分担やベルトコンベアの再始動に関する作業手順等の注意事項を作業員に徹底させるなどの措置をとっていたと認めるに足りる証拠はない。また,被告の作業現場では,作業開始前のミーティングにおいて,ベルトコンベアでの選別作業を行う際の役割分担とベルトコンベアにゴミが詰まるなどの不具合が生じた場合の作業手順等の注意事項について作業員に対し説明と注意が行われていたが,そのようなミーティングの役割分担及び注意事項の厳守が必ずしも作業員に徹底されていたと認められない」
このように、ベルトコンベア作業に当たって、使用者としては一旦停止したベルトコンベアを再開させるについては周囲の労働者に声がけなどを行う必要がありますし、そのような注意事項を従業員に周知しておく必要があることになります。このような内容の安全配慮義務に違反した場合には損害賠償責任が生じうることになります。

18 採石工場での採石作業中の労災事故

採石作業は落石などの危険を伴うものであり、安全への配慮が必要とされます。

そこで、労働安全衛生規則は、以下のとおり、落石などの発生を防止するための措置を講じなければなりません。

(点検)
第四百一条 事業者は、採石作業を行なうときは、地山の崩壊又は土石の落下による労働者の危険を防止するため、次の措置を講じなければならない。
一 点検者を指名して、作業箇所及びその周辺の地山について、その日の作業を開始する前、大雨の後及び中震以上の地震の後、浮石及びき裂の有無及び状態並びに含水、湧ゆう水及び凍結の状態の変化を点検させること。
二 点検者を指名して、発破を行なつた後、当該発破を行なつた箇所及びその周辺の浮石及びき裂の有無及び状態を点検させること。
(掘削面のこう配の基準)
第四百七条 事業者は、岩石の採取のための掘削の作業(坑内におけるものを除く。以下この条において同じ。)を行なうときは、掘削面のこう配を、次の表の上欄に掲げる地山の種類及び同表の中欄に掲げる掘削面の高さに応じ、それぞれ同表の下欄に掲げる値以下としなければならない。ただし、パワー・シヨベル、トラクター・シヨベル等の掘削機械を用いて掘削の作業を行なう場合において、地山の崩壊又は土石の落下により当該機械の運転者に危険を及ぼすおそれのないときは、この限りでない。
(崩壊等による危険の防止)
第四百八条 事業者は、採石作業(坑内で行なうものを除く。)を行なう場合において、崩壊又は落下により労働者に危険を及ぼすおそれのある土石、立木等があるときは、あらかじめ、これらを取り除き、防護網を張る等当該危険を防止するための措置を講じなければならない。

このように、使用者としては、作業開始前に土石の落下などが生じうる状態でないかどうかのチェックすること、掘削面の勾配を基準値以下とすること、落下などの危険などのがある石などがあるときにはあらかじめ取り除くことなどの義務を負っています。

これらの義務は、使用者の労働者に対する安全配慮義務の内容に含まれると考えられ、これに違反した場合には使用者は損害賠償責任を負うことになります。

今回の事件で義務違反があったかどうかは不明ですが、今後労基署により調査がされるものと思われます。

19 クレーンからの落下と労災

目次

有資格者以外に玉掛け作業を行わせた安全配慮義務違反

クレーン操作にあたっての人がいないかの確認等不十分と安全配慮義務違反

有資格者以外に玉掛け作業を行わせた安全配慮義務違反

神戸地裁尼崎支部平成15年12月25日判決は、「制限荷重が1トン以上の揚貨装置またはつり上げ荷重が1トン以上のクレーン,移動式クレーンもしくはデリックの玉掛けの業務に従事できる者は,①玉掛技能講習を修了した者,②職業能力開発促進法施行規則別表第4の訓練科の欄に掲げる玉掛け科の訓練を修了した者,③そのほか労働大臣(当時)が定める者に制限されているところ(労働安全衛生法61条,同法施行令20条16号,同法施行規則41条),これらの規定は,一定の危険な作業を伴う業務を就業制限業務として,必要な知識と技能を有する者のみを従事させることにより,重大災害を予防して労働者等の作業関係者を保護することを目的としていることからすると,同規定は安全配慮義務の内容というべきである。」として、玉掛作業の有資格者ではない者に玉掛作業をさせた者について安全配慮義務違反があるとしています。

クレーン操作にあたっての人がいないかの確認等不十分と安全配慮義務違反

前橋地裁桐生支部平成30年1月18日判決は、クレーンの操縦者Cについて、「クレーンの運転者は,クレーンの操作を開始するにあたり,自らも玉掛けが適切にされているか否かを確認すべき注意義務があるというべきであるところ,Cは,亡Aの合図に従うのみで,自ら確認することはなかったものと認められる。本件においては,玉掛けが適切でなかったといえるから,Cも玉掛けが適切にされているのか否かについて注意を払っていれば,その不適切さに気づいて事故を回避できた可能性は高かったものといえる。」として、玉掛確認の不十分さを理由に安全配慮義務を肯定しています。

また、同判決は、クレーンの操縦者Cについて、「亡Aは,アームの後方からクレーンの下に入ってきたと認められるところ,クレーンの操縦者は,クレーンの下に人がいないことを常に確認しながら運転すべきであり,人がクレーンの下に入り込もうとしている場合には操作を停止すべき注意義務があるというべきである。しかるに,Cは,誰もクレーンの下に入ってこないものと軽信し,亡Aがクレーン車の下に入ってくるのに気づかないままクレーンの操作を継続したものと認められる。以上によれば,Cにはクレーンの下に入ろうとする者の存否についての注意を怠った過失があるものというべきである。」として、クレーンの下に人がいないか確認すべき義務の違反を認めています。

クレーンからの落下物をめぐる労災事件の多くは、玉掛などのミスとクレーンの付近に人が出入りしていたことが原因となっています。

特に、クレーンの付近に人が出入りしていた類型については、被災労働者自身の過失も認められるケースが多くなります。

そのような場合でも、使用者の黙認等を主張立証し、過失割合を極小化していくことが重要です。

20 ガス爆発と労災

ガス爆発が発生すると、労働者の生命に重大な損害を与えることになりかねません。

以下のとおり、使用者には、労働者の生命身体をガス爆発から守るための安全配慮義務が認められます。

目次

1 ガス爆発を発生させないようにする安全配慮義務

2 ガス爆発があっても重大な損害を被らないようにする安全配慮義務

 

1 ガス爆発を発生させないようにする安全配慮義務

労働安全衛生規則は、ガス爆発を防止するための義務を多岐にわたり規定します。

代表的なものとしては、
・作業の指揮者を定め、指揮者に設備等について異常があった場合には必要な措置をとらせること

・ホースで注入するときにはホースの結合部を確実に締め付け、あるいははめ合わせること

・通風、換気等の措置を講ずること

というものがあります。

これらに違反した場合には安全配慮義務違反とされる可能性が高いでしょう。

2 ガス爆発があっても重大な損害を被らないようにする安全配慮義務

大阪高裁平成6年4月28日判決は、ごみ処理プラントで発生した水素ガス爆発で労働者が転落した事故について、以下のとおり爆発が発生した場合でも重大な事態とならないよう、転落防止の措置を講ずるべきであったのに、これをとらなかったとして賠償義務を認めました。

「右踏み台と手摺りの上段との高低差は〇・五メートルしかないことになり、作業床が地上約七メートルの屋外にあること及び転落防止用のネットも張られていないことを考慮すると、同所で作業をしている被控訴人市の作業員が強固な灰ブリッジを崩すため力一杯鉄棒で突くなどの作業中、その反動とかもののはずみ、あるいは強風等の何らかの原因で踏み台の上で安定を失ったり、あるいはエアーブロー等の影響で灰バンカーの中から突然灰等が吹き上げるような事態が生じ、驚いて平衡を失ったりした場合に、当該作業員が手摺りを越えて地面に墜落する危険があることは、被控訴会社においても予見することができ、その防止のためには手摺りを高くするなどの措置を取ることは被控訴人市に対する義務の範囲に属しているのに、被控訴会社がこれをしなかった結果、控訴人保男の墜落が生じたものということができる。」

このように、ガス爆発を防止する義務のみならず、ガス爆発が発生した場合でも重大な損害を招かないようにする措置も義務付けられます。

21 新潟で労災のお悩みは弁護士齋藤裕へ

労災一般についての記事

過労死についての記事

労災保険についての記事

もご参照ください。

労災、労働災害でお悩みの方は、当さいとうゆたか法律事務所(新潟県弁護士会所属)の弁護士にご相談ください。

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