執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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目次
1 死亡交通事故の逸失利益
交通事故で死亡した場合、労働能力が失われたことを理由として逸失利益の賠償が認められることがあります。
この逸失利益は、基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数という計算で導かれます。
2 死亡交通事故の逸失利益算定における基礎収入額
通常の基礎収入額の算定
若年者と逸失利益
基礎収入額は、現実の年収額が基礎となります。
しかし、30歳未満の若者については、原則として全年齢平均の賃金センサス(統計)に基づいて基礎収入を算定します。
30歳未満でも賃金センサスより低い年収を基礎とされる場合
ただし、30歳未満であっても、賃金センサスによる収入を得られる見通しがない場合には、賃金センサスそのものではなく、一定割合減額されることがありえます。
職業別賃金センサスが基礎とされる場合
この点、一般的にその業種の人の収入が高い業種については、その業種についての賃金センサスの数値が逸失利益の根拠とされることがありえます。
山岳事故についての宇都宮地裁令和5年6月28日判決は、20代の被害者(高校教員)について、「広く高等学校教員を対象とした職種別(高等学校教員)賃金センサス・企業規模計・男性・全年齢平均賃金693万3800円(平成28年)を基礎収入」として逸失利益を算定しています。
30歳以上でも賃金センサスが基礎とされる場合
死亡時に30歳以上であっても賃金センサスが考慮されることはありえます。
例えば、大阪地裁令和4年12月21日判決は、33歳で死亡した被害者(大卒)について、資格取得のために転職したこと、被害者が大学卒業3年メには大学卒業3年目の者の平均収入の85%の年収だったことなどを踏まえ、賃金センサスの全年齢平均・大卒の85%相当の基礎収入により逸失利益が算定されるとしました。
年少女子と賃金センサス
高校生くらいまでの女子については、女性の賃金センサスではなく、男女計の賃金センサスを使うことが多くなっています。参照:年少女子の逸失利益についての記事
男女間で賃金差があるため、女性の賃金センサスを使うと不利になる可能性があり、男女計の賃金センサスを使うこと自体は望ましいことでしょう。
大学に入学していない年少者と大卒の賃金センサス
まだ大学に進学していない年少者については、全学歴計の賃金センサスで計算されるのが一般です。
しかし、まだ大学に進学していないとしても、進学の可能性が高い場合には、大学卒の賃金センサスで計算がされる可能性があります。
東京高裁平成15年2月13日判決は、以下のとおり、高校生について、大学卒の賃金センサスでの逸失利益計算をしています。
「Aの高校第1学年時の成績は必ずしも優れたものではなかったものの,勉学,特に英語の勉強に対する意欲があり,家庭環境においても,大学へ進学するのを当然とする環境にあって,控訴人X1及び控訴人X2は,Aが大学に進学することを希望し,Aも担任教員に大学進学の意思を明確にしていたのである。このような事情からすると,Aが本件事故により死亡しなければ,大学に進学していた蓋然性が高いということができる。したがって,Aの逸失利益の算定に当たっては,男子大学卒業者の全年齢平均年収額を基準とするのが相当である。」
しかし、大学に進学していない年少者について、大卒の賃金センサスで計算されるのは極めて稀です。
高校生について、家庭環境、成績等から大学進学が強く推測される例外的な場合にのみ大卒の賃金センサスでの計算がゆるされると考えるべきでしょう。
また、大卒の賃金センサスを使う場合、大学に進学していたはずの期間分は逸失利益が認められないので、それほど大きな増額にはならないという指摘もあります。
会社役員と逸失利益
会社役員については報酬のうち全部分が労務の対価とは言えず、利益配当といえる部分も含まれる場合があります。
ですから逸失利益の基礎となるのは労務対価部分だけです。
年金収入者と逸失利益
年金収入の人については年金収入について逸失利益が認められます(静岡地裁沼津支部令和5年5月17日判決等)。
将来の昇給と基礎収入額
昇格が確実な場合の基礎収入額
将来の昇給については、公務員など、昇給が確実な場合には考慮されることがありえます。
札幌地裁令和6年2月6日判決は、公務員について、「普通地方公共団体の行政職員という職務の性質に加え、被災者の従前の昇給の経過からしてその勤務成績が良好であったと評価できることに照らすと、被災者死亡当時、被告において被災者と同等又はより上位にあった行政職員の給与の平均額である738万1574円を被災者の基礎収入とすることは合理的であり、相当と認められる」としているところです。参照:昇給分も含め逸失利益を算定した裁判例
27歳で自死した自衛官について、札幌地裁令和6年4月15日判決(パワハラによる自死についての事案)は、幹部自衛官の40歳時の平均年収が約870万であるとして、定年までは870万円の年収を基準とした逸失利益の算定をしています。
若年労働者について将来の昇格をどのように考慮するか?
若年労働者については、昇格が確実とは言えないとしても、将来昇給する可能性が一般論としては高いと言えます。
30歳未満の労働者で、全年齢平均の賃金センサスを用いて計算する場合、全年齢のセンサスであることにより昇給分が考慮されていると言えます。
しかし、30歳以上、あるいは、30歳未満でも全年齢平均の賃金センサスより賃金が多く、そのため実収入を基礎収入とするような場合、どのようにして将来昇給分を考慮すべきでしょうか?
東京地裁平成15年11月26日判決は、30代の女性被害者について、「本件事故当時の俸給体系・支給水準に基づき,60歳まで昇給し続けることを前提として算定することは困難である。」として、昇給が確実であることを前提とした算定はできないとしました。
しかし,「ある程度の昇格・昇給があり得たはずであり,亡Eが,定年までの全期間を通じて本件事故の前年の収入程度しか得られなかったと解するのは合理的ではない。この点,賃金センサス平成11年第1巻第1表によれば,男性労働者学歴計の30ないし34歳の平均年収は516万9200円であるのに対し,その全年齢平均年収は562万3900円であり,全年齢平均年収は,30ないし34歳の平均年収の約8.796332121%増の額となっている。このことに照らし,亡Eは,本件事故に遭わなければ,将来にわたり,平均して,少なくとも,本件事故の前年の収入831万2001円の約8.796332121%増である904万3152円(小数点以下切捨て)の収入を得たであろう高度の蓋然性があると認めるべきである。」としました。
つまり、現実の収入について、死亡時の年齢に対応する賃金センサスと全年齢の賃金センサスの比率により調整すべきとしています。
ある程度合理的な算定方法であり、全年齢の賃金センサスを使用しない若年労働者の逸失利益請求をする際には採用を検討すべきでしょう。
定年後の基礎収入額
定年から67歳になるまでの間について、現在の収入より低い金額を基礎収入額とすることはありえます。
27歳で自死した自衛官について、札幌地裁令和6年4月15日判決は、自衛官が2佐ないし3佐に昇進する可能性があったとしつつ、2佐の定年57歳以降については、定年以前の870万円ではなく、2佐の再就職後の平均年収578万円を基準に逸失利益を算定すべきとしています。
他方、静岡地裁沼津支部令和5年5月17日判決は、事故当時50歳の被害者(溶接工)について、定年65歳以降についても事故当時の年収691万1200円を基準に逸失利益を算定すべきとしています。
新潟地裁令和4年11月24日判決も、死亡時から定年までの間に昇給していた可能性があることも踏まえ、死亡直前の年収を基準に逸失利益を算定し、定年後の基礎収入は減額していません。参照:定年後の基礎収入を減額しなかった裁判例
このように、死亡時の年齢、定年年齢、専門性、定年までの昇給の可能性等によっては、定年後も定年前の年収を基準に逸失利益を算定することがありえます。
退職金が減額することなどを加味して定年後についても基礎収入の減額をしない裁判例もあります(札幌地裁令和6年2月6日判決)。
家事従事者、学生、無職者と基礎収入額
家事従事者については賃金センサスをもとに基礎収入が算定されることになります。
1人暮らしの場合には家事従事者とは認められないことに注意が必要です。
学生などについては賃金センサスをもとに基礎収入が算定されることになります。
無職の高齢者については、年金収入が逸失利益とされる場合があります。
主婦あるいは主夫として稼働の傍ら、外で就労していた場合には、家事労働についての賃金センサスによる金額と、外で就労して得た金額の大きい方を基準に逸失利益を算定するのが通常とされます(公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 上巻(基準編)2024」185頁)。
賃金センサスをもとにした家事労働についての収入と外で得た収入を合算したものを基準に逸失利益を算定した裁判例もあります。参照:家事従事者の逸失利益についての裁判例
事業者の基礎収入額
事業者については事業所得が基礎収入となります。
死亡の場合、事業存続が見込まれないため、固定経費は基礎収入にカウントされないことになります。
3 死亡交通事故の逸失利益と生活費控除
生活費控除とは、生きていれば生活費がかかったはずであるところ、死亡したためにそれがかからなくなったとして、損害額から一定割合を控除するものです。
後遺障害などに基づく逸失利益の賠償請求の場合には基本的には生活費控除はされず、死亡した場合の逸失利益特有の処理と言えます。
公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部「民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準 上巻(基準編)2018」159ページ以下によると、一家の支柱については被扶養者1人なら40パーセント、被扶養者2人以上の場合30パーセント、それ以外の女性は30パーセント、男性は50パーセントとされています。参照:被扶養者2人の被害者の生活費控除率30%した裁判例
ただし、成人に近い子どもがいる場合、扶養される期間が長くないとして、生活費控除率が高くされる場合もあります。
年金については生活費控除率が高くなる傾向があります。
静岡地裁沼津支部令和5年5月17日判決は60%の生活費控除をしています。
4 死亡交通事故の逸失利益と就労可能年数
就労可能年数は、通常は67歳までとされます。
67歳を超えて就労している人については、平均余命までの年数の半分就労しえたものと考えます(大阪地裁令和5年4月18日判決等)。参照:平均余命までの年数の半分の期間について逸失利益を認めた判決
しかし、これは実際の就労状況や職種によって異なる可能性があります。
なお、年金の場合は、死亡時まで受給できたはずなので、平均余命までの年数で計算することになります。
5 死亡交通事故の逸失利益と中間利息控除
ライプニッツ係数による処理は、将来受け取るべき賠償額を現時点で受け取ることによる被害者側の利益(加害者側の損失)を年利3パーセントにより調整をするものです。
これは中間利息控除と言います。
6 死亡交通事故の逸失利益と退職金の取扱い
被害者が死亡したことにより、勤務先から受給する退職金額が定年まで勤務した場合より減る可能性があり、その場合にはその差額について逸失利益として請求できる可能性があります。
具体的には、(定年時に受給すべき退職金から中間利息控除をしたもの)−(支払済の退職金)となります。
このような計算式で退職金についての逸失利益の賠償を命じたものとしては、札幌地裁令和6年4月15日判決などがあります。
定年時に受給すべき退職金から中間利息控除をするため、(定年時に受給すべき退職金から中間利息控除をしたもの)−(支払済の退職金)がマイナスとなることもありえます。
このマイナスについて、他の損害項目から控除すべきかが問題となります。
この点、高松高裁平成30年1月25日判決は、退職金についての逸失利益と給与逸失利益などの損害項目には同質性がないため、マイナスについて他の損害項目から控除すべきではないとしています。
なお、被害者が若年である場合、退職金の逸失利益が認められない可能性があります。
名古屋地裁令和3年10月15日判決は、「消防職の平均勤続年は18.9年であり,一方,消防職給料表にみられる消防職の職員構成は,1級から3級の平均勤続年が13.6年未満の層と4級から8級の平均勤続年が30年前後の層とに二極化していると認められる。これらによれば,本件事故当時24歳であった亡Aが定年まで勤め,定年退職金を受領する高度の蓋然性は認められない。したがって,原告らが主張する退職金は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。」として、定年まで勤務する蓋然性が高くないことを理由に、24歳の被害者について、定年時支給の退職金にかかる逸失利益を否定しています。
他方、松山地裁令和3年6月4日判決は、20歳の被害者について、「①20代後半から30代前半の職員が退職者の4割を占めていること(乙10),②愛媛県警における平成25年から平成31年度に退職した女性警察官の勤続年数が3.47年であること(乙19),③愛媛県警において平成10年から平成15年までに採用された女性警察官の退職率は平均すると35.8%もあること(乙19)などからすれば,定年退職時までの就労継続の蓋然性は認められない」との被告の主張にもかかわらず、定年時支給退職金についての逸失利益を認めています。
裁判所の判断も一貫性があるとは思われず、とりあえず定年時退職金について逸失利益の請求をするという姿勢で行くべきかと思います。
7 死亡時の逸失利益と定期金賠償
交通事故の損害賠償において、将来介護費のように、症状固定後に継続的に発生し続ける損害については、一括払いとしてしまうと、中間利息控除をされて金額が低くなってしまう、想定より長生きした場合にもやはり本来もらうべき金額より安くなってしまうという問題があります。
そこで、将来介護費などについては、将来にわたり定期的に一定額を支払うという定期金賠償が認められる可能性があります。
この点、逸失利益も、将来の稼動能力に対応した損害であり、定期金賠償が認められないかどうか問題となります。
札幌高裁平成30年6月29日判決は、以下のとおり述べ、後遺障害の逸失利益については定期金賠償を容認しています。
「将来介護費用については,定期金賠償の方法が問題なく認められるところ,将来介護費用と後遺障害逸失利益とを比較した場合,両者は,事故発生時にその損害が一定の内容のものとして発生しているという点に加えて,請求権の具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような損害であるという点においても共通している(この点において慰謝料などとは本質的に異なっている。)。後遺障害逸失利益の上記の性質を考慮すると,後遺障害逸失利益についても定期金賠償の対象になり得るものと解され,定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えについて規定する民訴法117条も,その立法趣旨及び立法経過などに照らして,後遺障害逸失利益について定期金賠償が命じられる可能性があることを当然の前提としているものと解すべきである。」
他方、名古屋地裁平成26年8月21日判決は、以下のとおり述べ、死亡時の逸失利益について定期金賠償は認められないとしています。
「民事訴訟法上,定期金賠償による判決を行いうることは予定されている(民事訴訟法117条参照)ところであるが,これは介護費用等のように,将来,被害者に具体的に生じる損害を前提としたものと解される。そもそもAの死亡に伴う損害は,Aの死亡時に既に具体化していると観念されるのであり,その額も確定していると解され,将来において具体化するものでも将来の事情によりその額が変動するものでもない。
この点,死亡逸失利益が将来において回帰的に現実化していくものであると考えて定期金賠償になじむとする見解は,その前提において妥当でない。
また,定期金賠償方式によれば中間利息を控除する必要がなく実勢利率と法定利率の乖離の問題を解消できるとするが,これは中間利息の控除率の問題であって,その点は既に被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければならないというべきである(最高裁第3小法廷判決平成17年6月14日民集59巻5号983頁)とされているところであり,定期金賠償方式によって解消すべき問題でもない。
したがって,Aの死亡逸失利益について,原告らの主張するような定期金賠償を命じることは相当でない。」
このように死亡時の逸失利益については認められない可能性が高いように思われます。
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