
執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)

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目次
2 長時間労働・パワハラ以外の要素があって過労死認定された事例
1 過労死と認められる基準
目次
働きすぎやパワハラ等で強い心理的負荷を与えられ、精神疾患にり患し、あるいはその結果、自殺した場合、労災として扱われる可能性があります。
労災保険が適用されるかどうかについては、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」が基準となります(令和5年9月1日改正)。
以下、その内容を解説します。参照:過労死基準
1 長時間労働と過労死
長時間労働が過労死と認められる基準
認定基準では、
・1か月におおむね80時間未満の時間外労働を行った⇒心理的負荷は弱
・1か月におおむね80時間以上の時間外労働を行った⇒心理的負荷は中
・発病直前の連続した2か月間に、1か月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行った⇒心理的負荷は強
・発病直前の連続した3か月間に、1か月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行った⇒心理的負荷は強
・発病直前の1か月におおむね160時間を超える等の極度の長時間労働を行った⇒心理的負荷は強
とされています。
心理的負荷が「強」であれば、労災保険の対象疾病を発症し、業務以外の心理的負荷・個体的要因により対象疾病を発症したとはみられない限り、労災認定がされることになります。
「中」が複数ある場合は、それらの出来事の時期的近接性、各出来事と発病との時間的な近接性、各出来事の継続期間、各出来事の内容、出来事の数等により、総合評価で心理的負荷が「強」とされることもありえます。
この基準を満たさなくても、他の要素によっては労災認定されることはありますが、労災認定されるかどうかについて、労働時間は重要な要素となります。
過労自殺と労働時間の認定
労働時間については、タイムカード、パソコンのログ記録、施設の入出場記録、業務の一般的な流れ、メール等から判断されます。
これらの資料によって、労働時間の始めと終わりを認定することはできますが、休憩時間について認定できないことが多く、実際にはほとんど休憩時間がとれていなくても、裁判所において1時間の休憩時間を認定してしまう場合もあります。
この点、福岡地裁令和6年7月5日判決は、裁量休憩について、営業職であるため顧客の都合により所定通り休憩をとることができなかったこと、同僚においても休憩についての意識が希薄であったこと、先輩がいる前で休憩を取りにくかったことなどから、休憩をとっていたとは認められないとしました。
このように休憩時間についても、業務の性質等から、過少な休憩が認められる可能性はあります。
2 パワハラ等と過労死
その他、事故や災害の体験、仕事の失敗・過重な責任の発生、仕事内容・仕事量の大きな変化、連続勤務、感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事、勤務形態・作業速度・作業環境等の変化や不規則な勤務、役割・地位の変化、パワーハラスメント、対人トラブル、セクシャルハラスメントがある場合、その具体的内容によって心理的負荷が強とされ、労災認定がされることになります。
パワハラについては、
・上司等から治療を要する程度の暴行等身体的攻撃を受けた、
・上司等から人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃を反復・継続的に執拗に受けた
ような場合に、心理的負荷が強とされ、労災認定がされる可能性が高いということになります。
パワハラも要因となって過労自殺したと認定した裁判例としては、名古屋高裁令和6年9月12日判決があります。参照:パワハラ等による過労自殺を認定した裁判例
同判決は、上司からの叱責が、「強い表現を用い、大声で激しく行うもの」、「「バカ野郎!」、「横領してるからそうなるんじゃないか」、「無駄に仕事をしているふりしてるなら客をとってこい!」などと罵倒」等するものであったとした上で、心理的負荷としては「強」に該当するとしています。結果的にはノルマなども含め、過労死認定をしています。
2 長時間労働・パワハラ以外の要素があって過労死認定された事例
長時間労働・パワハラ以外の過労死認定の理由
厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」は、長時間労働やパワハラ以外の理由も労災認定の根拠となるとしています。
例えば、心理的負荷が「強」となる例としては、
ⅰ 長期間の入院を要する業務上の病気やケガをしたなど、重大な病気等にり患したとき
ⅱ 業務に関連し、死や重大な傷病を予感させるような事故を体験した
ⅲ 業務に関連し、他人に重度の病気やケガを負わせ、事後対応にあたった
ⅳ 会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをし、事後対応にもあたった
ⅴ 重大な事件・事故の責任を問われ、事後対応に多大な労力を要した
ⅵ 業務に関連し、重大な違法行為を命じられた
ⅶ 客観的に相当な努力があっても達成困難なノルマが課され、これが達成できない場合には著しい不利益を被ることが明らかで、その達成のため多大な労力を費やしたこと
ⅷ 経営に重大な影響のある新規事業等の担当であって、事業の成否に重大な責任のある立場に就き、当該業務に当たったこと
ⅸ 通常なら拒むことが明らかな注文ではあるが、重要な顧客や取引先からのものであるためこれを受け、他部門や別の取引先と困難な調整に当たる等の事後対応に多大な労力を費やした
ⅹ 上司等の急な欠員により、能力・経験に比して高度かつ困難な担当外の業務・重大な責任のある業務を長時間担当することを余儀なくされ、当該業務の遂行に多大な労力を費やした
ⅺ 過去に経験したことがない仕事内容、能力・経験に比して質的に高度かつ困難な仕事内容等に変更となり、常時緊張を強いられる状態となった又はその後の業務に多大な労力を費やした
ⅻ 新興感染症の感染の危険が高い業務等に急遽従事することとなり、防護対策も試行錯誤しながら実施する中で、施設内における感染等の被害拡大も生じ、死の恐怖等を感じつつ業務を継続した
等があげられています。
労基署はもちろん、裁判所もこれらの要素を重視して過労死認定をしています。
ノルマに関して、上記名古屋高裁令和6年9月12日判決は、パワハラとあわせ、達成困難なノルマも合わせ過労死認定をしています。
同判決は、
・上司において「案件取らぬは給料泥棒」と述べていたこと
・被災労働者が自爆営業をしていたこと
・上司が被災労働者に「お前の家、金持ちなんだから親に頼んでどうにかなるだろう、仕事を引っ張ってこい」が言っていたこと
などから、達成困難なノルマを推認しています。
その上で、ノルマ自体について、「強」に近い「中」の心理的負荷があったとし、パワハラなどとあわせ労災認定しています。
長時間労働とその他の事由の合わせ技による過労死認定
厚生労働省の基準では、時間外労働時間が3か月で月100時間を超えるなどの要件を満たした場合に心理的負荷が強と評価され、うつ病り患について労災が認められやすくなります。
しかし、時間外労働時間が月76時間程度であっても、他の事情と合わせ労災が認められることがあります。
神戸地方裁判所平成22年9月3日は、月76時間程度の時間外労働時間のケースで、過労自殺・労災との認定をしました。
同判決は、このように多額で失敗の許されない案件を新たに担当するようになったこと、受注がない状況が継続していたこと、受注目標を達成することができなかったことなどを踏まえ、心理的負荷を強とし、自殺について過労自殺、労災と認めました。
なお、厚生労働省は、平成24年3月,労働基準監督署における労災認定実務の指針として,「精神障害の労災認定実務要領」を作成しました。
そこでは、出来事に対処するための長時間労働や,長時間労働が続く中での出来事は,心理的負荷を強めるから,これらを関連させて総合評価を行い,例えば,「中」程度の出来事の後に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)がある場合は,心理的負荷の総合評価を「強」とするとされています。
ですから、現在では、労基署は、このような基準で、長時間労働と長時間労働以外の要素で過労死・過労自殺となるかどうかを判断しているということになります。
過労死・過労自殺においては、労働時間の把握が要となりますが、それ以外にも質的な過重性を適切に主張立証することが重要となります。
3 不祥事についての調査などによる自殺と労災
新潟地裁平成22年8月26日判決は、以下に述べるとおり、不祥事についての調査により労働者が過重な負荷を受けたとして、労働者が重度ストレス反応により自殺した件について、自殺の業務起因性を認めています。
裁判所はまず、不祥事について、借名契約による不祥事が「会社で起きた事件について,責任を問われた」として心理的負荷Ⅱに該当するとしました。
同判決は、その上で、不祥事に関する調査が、以下のとおり労働者に過大な負荷を与えるものだとして、心理的負荷がⅢになるとしました。
・遠方から呼び出され、3時間、JA佐渡理事長を含む亡A1の上司10名が同席する状況下で質疑が行われ,その後引き続き上司が同席する中で解約手続が行われた。そこでは、私文書偽造になる可能性があるとの発言があるなど、糾問的なものであった
・JA佐渡が全職員に配布し,被災労働者が目にした文書は、被災労働者の行為について時期,契約件数,保障額,掛金及び動機を具体的に記載した上,直ちにJA新潟中央会等の上部組織に報告し対策本部を立ち上げると共に同種事案がないかを中心に全店調査に入ることを決定し,マスコミへも公表したとするものであり,かつ,「『架空の契約であろうが借名契約であろうが契約実績さえあがればよい』というようなゆがんだ考えは断じて許すことができません」,「法律や規則よりも前に,まず人として,やっていいことといけないことの区別くらいはできるはずです」と述べ,当該行為者の考え及び当該行為者を口を極めて非難するものであり,亡A1に過大な心理的負荷を与えるものであったこと
このように、不祥事に対する調査などが行き過ぎたものとなった場合には、精神的疾患り患とが労災として認められることもありえます。
4 教員のうつ病発症と労災
目次
教員は長時間労働が著しい職種の一つであり、多くの教員が過労のためうつ病を発症しています。
以下、裁判例をご紹介します。
月平均120時間以上の時間外労働で業務起因性を認めた裁判例
東京地裁平成29年5月17日判決は、高校教諭のうつ病発症について労災であると認定しています。
参考になると思われるので、以下、紹介します。参照:教員の過労死を認めた東京地裁判決
同判決は、以下のように述べ、業務起因性を肯定しています。
まず、時間外労働時間については、労基署の認定をそのまま引いています。
「横浜北労働基準監督署は,第1審原告の時間外労働時間を,次のとおり認定した。
平成22年12月12日から同23年1月10日まで 91時間45分
平成23年1月11日から同年2月9日まで 146時間40分
平成23年2月10日から同年3月11日まで 140時間45分
平成23年3月12日から同年4月10日まで 102時間50分
平成23年4月11日から同年5月10日まで 132時間30分
平成23年5月11日から同年6月9日まで 109時間55分」
これを踏まえ、同判決は、「発症前6か月間の時間外労働時間は平均して月間120時間以上(少ないときで月91時間45分,多いときで月146時間40分)である。時間外労働時間は長く,それによる心理的負担は強かった。」としています。
時間外労働時間の大部分は、水泳部の顧問又は県高体連の仕事に従事していたものです。
しかし、同判決は、「県高体連が主催する対外試合の競技運営は県内各高等学校の部活動顧問教諭のボランティア的な活動にほぼ全面的に依存し,県高体連の各競技専門部の役員の供給源はこれら顧問教諭にほぼ限られ,競技指導及び競技運営に熱心で役員就任適齢期のベテランであった第1審原告の県高体連水泳専門部役員就任は第1審被告もやむを得ないものとして承認していた。また,県高体連が機能しなければ,対外試合が開催できず,A高校の生徒が対外試合で好成績を残す機会が奪われる。そうすると,県高体連の仕事(対外試合の競技運営及び会議出席)は,業務起因性の判断上は,第1審被告における本来の業務に準じるものとして扱うのが常識的である。」として、高体連の仕事も含めて業務起因性の判断をしています。
その他の要素も含め、同判決は、うつ病の業務起因性を認めています。
同判決は、特に、高体連という学外の団体での仕事も含め業務起因性を認めているところに参考価値があると考えます。
時間外労働20時間代の教員について過労自殺とした事例
労災や公務災害の認定実務においては、時間外労働の時間数が大きな要素として考慮され、時間外労働の時間数が大きくない場合は中々労災や公務災害とは認められません。
しかし、静岡地裁平成23年12月15日判決は、過労自殺した教員について、以下のとおり述べて、時間外労働の時間数が大きくない場合についても公務災害として認定しています。参照:時間外労働の時間数が少ない場合に過労自殺を認定した裁判例
同判決は、まず、当該教員の労働時間が特別長いものではなかったことを確認します。
その上で、同判決は、以下のとおり述べ、当該教員の担当クラスで児童の問題行動が頻発し、それが新任の教員にとっては強度な心理的負荷をあたえるものであったとして、最終的に自殺を公務災害として認めました。
「(児童の問題行動は)その程度においても,当該児童をAが注意して収まるといったものではなく,ときには児童を身体的に制圧したり,保護者からの要請・苦情への対処をしたりする程に重大なものであったことが認められる。」
「これらは,個々の問題ごとにみれば,教師としてクラス担任になれば多くの教師が経験するものであったとしても,Aの場合は,着任してわずか1か月半程度の期間に,数々の問題が解決する間もなく立て続けに生じた点に特徴があるのであり,かかる状況は改善される兆しもなかったことからすれば,新規採用教員であったAにとり,上記公務は,緊張感,不安感,挫折感等を継続して強いられる,客観的にみて強度な心理的負荷を与えるものであったと理解するのが相当である。」
このように、不慣れな労働者が、公務上・業務上困難な状況に対応せざるを得ない状況においては、それがうつ病などに結びついた場合、労災あるいは公務災害の認定がされる可能性がありますので、公務上・業務上困難な状況にあったことについての丁寧な主張・立証が重要となります。
5 看護師の過労自殺と労災
1 ストレス要因の多い看護師
看護師をはじめとする医療職は過労死が多い職業です。
長時間労働もさることながら、患者とのトラブルなど業務内容もストレス要因となっている可能性があるでしょう。
札幌地裁令和2年10月14日判決は、看護師の過労死について、労基署が労災として認定しなかったものについて、患者とのトラブルがあったこと等も踏まえ、労災認定をしました。
参考:看護師の過労死についての判決
看護師の過労死を考える上で参考になる裁判例と思われるので、ご紹介します。
2 看護師の過労死を認めた札幌地裁判決
札幌地裁判決は、以下のとおりの判断を行い、結果的に被災労働者が適応障害に罹患し、自殺したことは労災に該当するとしました。
・提出物が遅れることで上司から叱責されることがあった。これは「上司とのトラブル」に該当する。不合理な指導とも言えず、心理的負荷は「弱」
・報連相や採決や注射、患者とのコミュニケーションについて新人看護師として身につけるべきものであった、しかしながら3か月の試用期間中には求められる水準には達しなかった、それを延長された1か月の試用期間内に達成するよう求められていた。これは「達成困難なノルマが課せられた」と評価できる。試用期間の延長等は、「非正規社員である自分の期間満了が迫ったと」いう事態に該当する。以上の心理的負荷は「中」
・患者からのクレームが複数あった。そのことは、「顧客や取引先からクレームを受けた」という事態に該当する。「苦情の内容は、看護業務を遂行に当たって非常に重要な患者への説明内容や患者との信頼関係に関するもので、その数も少なくなかった」等の事情があり、心理的負荷の程度は「中」
以上の事情を踏まえ、心理的負荷の程度は、同種の労働者にとって精神障害を発病させる程度に強度のものであったと認めるのが相当であるとされました。
同判決においては労働時間はほぼ検討されておらず、それ以外の要因による負荷の大きさで判断がなされているのが特徴的です。
本件は試用期間が延長された、上司から叱責された等、どの職種にも共通するような事情をとらえて労災認定をしており、そのような意味で全職種の過労死において参考となるものです。
さらに、患者とのトラブルという、看護師、ひいては医療職に特有な事情が心理的負荷「中」となる条件等について検討しており、この意味でも重要な意義を有すると思われます。
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当職が担当したANAクラウンプラザホテル新潟過労労災事件についての記事
もご参照ください。
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