執筆 新潟県弁護士会 弁護士齋藤裕(2019年度新潟県弁護士会会長、2023年度日弁連副会長)
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離婚の際には財産分与がなされることがあります。
この財産分与は大きく清算的財産分与と扶養的財産分与に分けることができます。
以下、
1 清算的財産分与
について解説します。
1 清算的財産分与について
目次
清算的財産分与とは?
財産分与をする割合
財産分与の対象となる財産
清算的財産分与とは?
一般的にイメージされることが多いのは清算的財産分与だと思います。
これは夫婦の財産を離婚に当たり分けることです。
内縁の夫婦、重複的内縁の夫婦でも財産分与は認められます。参照:内縁と財産分与についての判例
財産分与をする割合
通常は折半となりますが、一方配偶者が医師など稼働能力が高い場合、もともと資産などを有していた場合など、財産形成に与える影響が大きい場合にはそれ以外の割合で分与されることもあります。
なお、令和6年に改正され、令和8年に施行が予定されている改正民法768条3項は、「婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする」として、2分の1分与が原則であることを示していますが、従来の実務を大きく変えるとは考えられません。
目次
会社経営者の相手方への分与割合を3分の1とした裁判例
浪費や使途不明金がある場合の財産分与割合
共稼ぎなのに家事育児をしなかった場合の財産分与割合
親が財産形成に寄与している場合の財産分与割合
会社経営者の相手方への分与割合を3分の1とした裁判例
例えば、福岡高裁平成30年11月19日決定は、「抗告人及び相手方の内縁関係が成立する前から,相手方は,不動産賃貸業を営む株式会社の代表取締役として,長年にわたって同社の経営に携わるなどして,相当多額の資産を保有していたこと,他方で,抗告人は同居前に破産申立てをするなど,内縁関係が成立する時点において目立った資産を保有していなかったこと,また,平成7年5月頃に内縁関係が成立した時点で,抗告人は57歳,相手方が60歳であったことに照らすと,原審判が説示したとおり,財産分与の対象財産の形成及び増加等について,相手方の保有資産及び長年築いてきた社会的地位等による影響や寄与が相当程度あったと認められるというべきである。これによれば,原審が説示したとおり,分与割合について,抗告人を3分の1,相手方を3分の2と認めるのが相当である。」として、婚姻前から資産を有していた側の取り分を3分の2としています。
浪費や使途不明金がある場合の財産分与割合
浪費や使途不明金がある場合にも割合が折半とならないことがありえます。
大阪高裁令和3年8月27日判決は、当事者の収入、支出、預貯金などから隠し口座等が推認されるとした上で、そのことを財産分与において考慮すべきとしています。
共稼ぎなのに家事育児をしなかった場合の財産分与割合
共稼ぎであるにも関わらず、どちらかしか家事・育児を担っていなかったような場合、家事・育児を担当していた側の分与割合が高くなることもありうると考えます。東京家裁平成6年5月31日決定は、夫婦共稼ぎで、妻だけがもっぱら家事労働をしていたというケースで、妻と夫の寄与割合を4:6とみました。ただし、この事例では、妻の収入がかなり大きかったという事情はあります。
親が財産形成に寄与している場合の財産分与割合
どちらかの親が実質贈与により財産形成に寄与している場合において、そのことが財産分与の割合において考慮されることもあります。例えば、東京高裁令和3年12月24日決定は、「本件における財産分与対象財産(夫婦の協力によって得た財産)の額には,抗告人の父母による支援の結果として形成された,夫婦の協力によって得たものとはいい難い財産が相当額含まれていることが認められる(実際に,抗告人の父が管理していた相手方名義の財産番号1の預金額だけでも,その額は約1800万円になる。)。そうである以上,相手方が求める本件の財産分与の判断においては,このような事情を「一切の事情」として考慮するのが,財産分与における当事者の衡平を図る上で必要かつ合理的であると認められるのであって,以上の事情(本件における基準時財産の額及び財産形成の寄与の程度,これらを前提とした上記(1)の算定に係る財産分与額)のほか本件に現れた一切の事情を考慮すると,財産番号1の相手方口座の預金を除く相手方名義の財産については相手方が取得することを前提に,抗告人に対して,本件の財産分与として2800万円を相手方に支払うように命ずるのが相当である。」として、親による実質贈与をも考慮し財産分与の割合を決めています。
東京高裁令和4年3月25日判決も、相続財産の存在を分与割合(金額)を決定する上での考慮要素としています。
財産分与の対象となる財産
目次
何が財産分与の対象になるのか?
財産分与対象財産があるかどうかはっきりしない場合どうするか?
何が財産分与の対象になるのか?
財産分与に当たってはその財産の名義が誰のものであるかはあまり関係しません。夫婦が結婚してから共同で作りあげた財産については名義の如何を問わず財産分与の対象となります。
財産分与対象財産は別居時に存在した財産となります。
なお、訴訟の口頭弁論終結時の財産(分与を決める時の財産)状態も財産分与において考慮されます。参照:分与を決めるときの財産が財産分与において考慮されるとした判例
財産分与対象財産があるかどうかはっきりしない場合どうするか?
財産分与の対象となる財産があるかどうかわからない場合、その財産はないとみなされます。
例えば、福岡高裁平成30年11月19日 決定は、「基準日において財産分与の対象財産が存在することは,存在すると主張する方が立証責任を負うと解するのが相当であるところ,相手方は,抗告人がその存在を主張する動産類の存否についてひとつひとつ説明し,上記資産についても,「確かに購入したが,花瓶を移動する折に繊細な人形が割れてしまい破損した。」旨ある程度具体的な説明をしていることも考慮すると,現在において上記資産が存在することをうかがわせる事情が見当たらない限り,これを財産分与の対象とすることはできない。」として、ある時点で存在していた財産がなくなったと主張されている場合について、なくなったことについて一応の説明があれば、その財産がないものとして扱うものとしています。ただし、なくなったことについての説明が不自然であったり証拠と矛盾していたり、財産があった時点と別居時点との間隔が短いような場合、なくなったとの説明があっても、その財産が存在している前提で財産分与がされる可能性はあるでしょう。
結婚前に形成した財産は財産分与の対象にはならない
夫婦が共同で作り上げた財産が分与の対象になりますから、結婚前の財産は対象にはなりません。また、別居後の財産も分与の対象とはならないのが原則です(詳しくは特有財産と財産分与の記事をご参照ください)。
子ども名義の財産は財産分与の対象になるのか?
子ども名義の財産でも財産分与の対象となりえます(お年玉と財産分与についての記事をご参照ください)。
結婚前からの財産と立証できない場合の財産分与
結婚前の財産については、記録がなく、それが結婚前からの財産なのか夫婦が築き上げた夫婦共有財産なのかはっきりしない場合もあります。そのような場合には夫婦共有財産として推定されることになりますので、結婚前から大きな財産を持っていた配偶者としては結婚時点における財産の記録を残しておくことが肝要ということになります。
別居後の財産が財産分与の対象となる場合
別居後の財産については、例えば一方が他方に払うべき婚姻費用を払わなかったことによって蓄財したような場合、別居後の財産でも例外的に分与の対象となりうることになります。
借金は財産分与の対象になるのか?
注意しなければならないのは、財産分与の対象となるのはプラスの財産だけということです。
借金というマイナスの財産は分与の対象とはなりません(マイナスの財産も分与の対象になるという裁判例もありますが、あくまで少数です)。ですから、住宅ローンを負っている方の配偶者が、他方配偶者に対しローンを負担するよう求めることは原則としてできません。しかし、夫婦の生活のために借金をし(住宅ローンなど)、同時に夫婦間にある程度のプラスの財産もある場合、借金を背負う方がプラスの財産を取得するというように、プラスの財産とマイナスの財産を通算して分与方法を決めるということはありえます。
引っ越し費用、弁護士費用と財産分与の対象となるのか?
別居の際に共有財産から別居費用、離婚のために弁護士費用を出した場合、その費用は夫婦共有財産に持ち戻し、財産分与をすることになります(東京高裁令和3年8月27日判決)。
2 扶養的財産分与について
どちらかの配偶者が離婚後生活困難であり、他方配偶者に十分な資力があるような場合、扶養的財産分与として定期金の支払いなどが命じられることもあります。
しかし、これは十分な慰謝料や清算的財産分与がなされないような場合において認められるものであり、認められるケースは多くはありません。
詳しくは扶養的財産分与についての記事をご参照ください。
3 退職金と財産分与
離婚時点で一方配偶者が退職をしていない場合でも、その退職金が財産分与の対象となることがありえます。
目次
基準時における退職金額×婚姻期間/在職期間を財産分与の対象とした裁判例
基準時における退職金額×婚姻期間/在職期間を財産分与の対象とした裁判例
例えば、東京家裁平成28年3月30日決定は、以下のとおり述べ、退職金を財産分与の対象としています。
「本件記録(甲25)によれば,申立人が勤務している■■■を本件基準時において自己都合退職した場合の退職金の金額は818万0400円であるところ,申立人は,平成4年■月■日から同会社に勤務しており,本件基準時までの在籍日数は,5950日となる。」
「他方,申立人および相手方の婚姻期間は平成7年■月■■日から平成20年■月■■日までの4782日であるから,上記退職金のうち,分与対象財産となるのは,以下のとおり,657万4567円(1円未満四捨五入)とするのが相当である。」
「818万0400円×4782日/5950日=657万4567円」
つまり、基準時における退職金額×婚姻期間/在職期間を分与の対象としているわけです。
退職金の財産分与は退職金支払支給が条件となるのか?
ところで、退職金は現に支払われていないわけですが、その段階でも退職金についての財産分与としてお金を払わないといけないかどうか問題となります。
東京家裁平成28年3月30日決定は、特に期限や条件をつけないで支払いを命じています。
他方、東京家裁平成22年6月23日決定は、以下のとおり、退職金支給を条件とした分与を命じています。
「相手方は,申立人に対し,相手方が○○信用金庫から退職金を支給されたときは,399万4379円を支払え。」
分与をする側からすると、実際に退職金が支給されていないのに退職金について分与を命じられるのは不当だと感じられるかもしれません。
他方、退職金支給時を条件とした場合、分与を受ける側が実際に分与を受けることができるかどうか不確実性が残ると言えます。
実際の退職金支給額を基準に財産分与をすべきとした裁判例
さらに、基準となる退職金額について、基準時点での退職金額ではなく、実際の支給金額を基準とするとの考えもあります。
この点、大阪高裁平成19年1月23日判決は以下のとおり述べます。
「中小企業金融公庫の退職手当については,その支給は,ほぼ確実であるものの,金額について現時点で確定的な予測をすることは困難である。
したがって,別紙1「退職手当財産分与計算式」記載の退職手当財産分与額のとおり,実際の支給額(手取額)から,控訴人の寄与割合に相当する割合を定めて支払を命ずるのが相当である。」
これも、実際に支給されるわけでもない別居時など基準時点での退職金額を基準にするのはおかしいという考え方正当化されるでしょうが、解決が先延ばしになるという欠点があります。
このように、退職金の財産分与の仕方については色々な方法があり、定説がないというのが現状となっています。
4 財産分与と弁護士費用
当事務所の弁護士費用は以下のとおりです(消費税別)。
長引いたからといって着手金などを追加でいただくことはありません。
・初回相談料 無料
・離婚交渉 着手金5万円 報酬10万円(財産分与などで経済的利益があるときは、その10パーセントと10万円の大きい方)
・離婚調停 着手金20万円(交渉から引き続き受任した場合の着手金は15万円)
報酬20万円(財産分与などで経済的利益があるときは、その10パーセントと20万円の大きい方)
・離婚訴訟 着手金20万円(調停から引き続き受任した場合の着手金は15万円)
報酬20万円(財産分与などで経済的利益があるときは、その10パーセントと20万円の大きい方)
例 相手方が離婚も財産分与を拒否している場合
交渉の着手時に5万円をいただきます。
話し合いで解決しなければ離婚調停となりますが、その際着手金15万円をいただきます。
さらにそこでも解決せず、離婚訴訟をする場合、着手金15万円をいただきます。
最終的に離婚が成立し、300万円の財産分与が得られた場合、300万円の10パーセントである30万円が20万円より大きいため、報酬30万円をいただきます。
5 不動産の財産分与
目次
1 名義に関係なく不動産は財産分与の対象になりうる
1 名義に関係なく不動産は財産分与の対象になりうる
離婚のときには夫婦の財産が分与されることになりますが、不動産も当然に財産分与の対象となりえます。
不動産が一方配偶者が親から相続したような場合には原則として財産分与の対象にはなりません。
不動産が結婚後に夫婦が得たお金で購入などされた場合には財産分与の対象となります。
不動産が結婚前に取得されたものであっても、ローン返済が結婚後にもなされたような場合、夫婦双方の寄与があると考えられますので、やはり財産分与の対象となりえます。
不動産が誰の名義であるかはあまり関係ありません。
2 不動産の財産分与の仕方、割合
常は半々の割合で分与をすることになります。
しかし、不動産はきれいに物理的に分けることができないのが一般的なので、どちらか一方が取得し、他方はお金での精算をしてもらうということが多いです(代償金)。
例えば、結婚前に一方配偶者が取得した不動産について、結婚前に払った住宅ローン額が3分の1、結婚後に払った住宅ローン額が3分の2であれば、不動産の評価額×1/3×1/2という計算式で分与額を決めることになります。
どちらが取得するかについては、居住実態や予定、ローンの負担者等により決めることになります。
例えば東京高裁令和3年12月24日決定は、以下のとおり述べ、居住者が住宅ローンを払うつもりがないというケースで、非居住者が住宅ローンを払う前提で、居住者から非居住者に持分の分与をさせています。
「本件記録及び手続の全趣旨によれば,同不動産は,抗告人と相手方が持分各2分の1の割合で共有する旨の登記がされており,基準時後も相手方において居住用として使用していたことが認められる」
「同不動産はその評価額を上回るオーバーローンの状態にあり,かつ,抗告人が基準時後も上記ローンの返済を行ってきたものであると認められ,相手方において,抗告人から,相手方が居住を継続する前提で,上記ローン残額,管理費用や固定資産税などの経費の半分を負担するように求められていたのに,これに応じる姿勢を示すこともなかったことを踏まえれば,同不動産について,抗告人において上記ローン残額の全額の支払義務を単独で負担することを前提に,同不動産の全部を取得させるのが相当であるから,同不動産の財産分与の方法としては,同不動産の相手方持分2分の1を抗告人に分与するのが相当である。」
3 住宅ローンがある場合の不動産の財産分与
住宅ローンが残っている場合、分与時点での不動産評価額から残ローン額を引いた金額を分与の対象とするのが一般的です。
残ローンの方が多いオーバーローンの場合、
ⅰ 家に住む側が住宅の所有権を取得し、住宅ローンを払い続け、他方配偶者は代償金を取得しない、
ⅱ 不動産を売却し、ローンを精算する、
などの方法が考えられます。
住宅ローンを払わない側が住宅に住み続けたい場合、住宅ローンを払う側の配偶者に賃料を払い、住み続けるというやり方もあります。
いずれにしても、残ったローンについてはローンの名義人のみが支払義務を負うことになります。
ローンを払う側が他方配偶者に対してローンの分与を求めることも見かけますが、裁判所はそのような債務の分与は認めない傾向にあります。
例えば、東京家裁平成28年3月30日決定は、以下のとおり述べて、相手方を主債務者とする債務があり、それを被担保債権として抵当権が設定されている場合に、抵当権実行の場合の処理の困難さを踏まえ、相手方に不動産を分与すべきものとしました。
「本件記録によれば,申立人は,本件不動産の相手方共有持分の取得を希望している。しかし,前記のとおり,相手方を主債務者とする負債があり,これを被担保債権として,本件不動産に抵当権が設定されていることが認められるから,その負債について,相手方がその返済を怠った場合,抵当権が実行される可能性があり,また,その場合に申立人が同債務を返済した場合には,その求償関係を巡り問題が生じることになる。したがって,当事者間における債務の返済や抵当権の処理等につき処分ができない審判手続において,本件不動産を申立人に分与することは相当でないと解される。」
ところが、同審判は、東京高裁により破棄され、申立人に不動産を分与すべきとの決定がなされています。
「原審申立人は,本件不動産の原審相手方持分2分の1の取得を希望している。本件不動産には抵当権が設定されているが,原審申立人と原審相手方は被担保債権について連帯債務を負い,原審相手方名義の預金が担保とされていることは前示のとおりであるから,抵当権が実行される可能性は相当程度に低いといえる。そうすると,本件不動産の原審相手方共有持分を原審申立人に分与することが相当である。」
このように、債権について預金が担保として設定されているため、抵当権が実行される可能性が低いとして、相手方が主債務者である債務の抵当権が不動産に設定されていることは考慮されないとしました。
しかし、よくあるのは不動産に住宅ローンのための抵当権が設定されている場合であり、その抵当権については通常実行される可能性が相当程度に低いとは言えないでしょう。
ですから、やはり不動産に抵当権が設定されている場合、その債務の主債務者に不動産が分与される方向に判断されがちということにはなるでしょう。
もちろん、それだけではなく、誰がその不動産に居住しているか、家の大きさと暮らす人数なども考慮されたうえで不動産の分与について決定されることになるでしょう。
4 住宅ローンの連帯保証人から外すことはできるか?
家に住まない側の配偶者が住宅ローンの連帯保証人になっているような場合、連帯保証人から外して欲しいと求めることはよくあります。
しかし、住宅ローンや連帯保証の契約はあくまで銀行などの債権者との関係で発生したものです。
連帯保証を外すためには銀行などの承諾が必要ですし、銀行などは新たな連帯保証人を用意するなどしない限り連帯保証人を外すことがないのが一般です。
6 財産分与と強制執行妨害
財産分与が過剰な場合、強制執行妨害罪とされることがありえます。
刑法96条の2は以下のとおり定めます。
第九十六条の二 強制執行を妨害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。情を知って、第三号に規定する譲渡又は権利の設定の相手方となった者も、同様とする。
同罪は、強制執行を免れる目的で財産を隠匿などすることを対象とするものですが、仮装譲渡も処罰の対象となります。
ですから、財産分与名目の財産の移転であっても、それが強制執行を免れる目的でなされた仮装のものであれば、同罪に該当する可能性があります。
この点、民事事件ですが、財産分与が債権者からの財産隠しとして認定された判決として、前橋地裁桐生支部平成28年1月12日判決があります(同判決は東京高裁、最高裁でも維持されています)。
同判決は以下のとおりの判断を示しています。
「上記認定事実によれば,Aと被告の実質的夫婦共有財産は,本件土地建物がある他にめぼしい財産はなく,財産形成におけるAの寄与が5割を下回ると認める証拠もないことからすると,財産分与として,本件土地全部を被告に分与したことは,本件土地建物の2分の1相当額を超える部分について相当性を欠くものといわざるを得ない。」
このように、他に財産がない状況であること、過剰な分与であったことを理由として財産分与の効力に疑問を投げかけています。
強制執行妨害目的財産損壊等罪についても、刑事事件であるためより厳格な判断が要求されるとしても、基本的には同様の要素が考慮されると考えられます。
例えば、強制執行がなされうる状況において、離婚の実態がない、大きな財産を他方配偶者に合理的理由なく半分を大きく超える割合で分与するなどの要素が強制執行妨害目的財産損壊罪等を裏付ける事実となると考えられます。
7 住宅ローン、借金、債務と財産分与
多くの離婚事案において、オーバーローンの場合の住宅ローン債務をどのように扱うかは大きな問題となります。
債務は財産分与の対象とはならず、よって名義上債務者とされている方が支払義務を負うのが原則です。
ところが、一方配偶者が主債務者、他方配偶者が連帯保証債務者とされている場合もあり、そのような場合の取扱いについては不明確な部分も残ります。
もちろん、債権者との関係では、主債務者も連帯保証人も、同じく全額返済の義務を負います。
しかし、例えば、主債務者が全額返済した場合、連帯保証人に半額なりの請求をすることができるかどうかという問題は別途残ります。
この点、東京地裁平成28年8月8日判決は、以下のとおり述べて、不動産を取得する主債務者がローン全額を払うべき義務を負い、連帯保証人となっている他方配偶者は責任を負わないとの判断を示しています。
「調停離婚により,財産分与の結果,本件不動産の被告持分を原告に移転し,本件消費者ローンの残債務額の内3000万円を原告が代位弁済して新たな借入債務を負うこととし,その際,本件借入金の債務については何ら変更等がされることなく,離婚に関し,財産分与も含め,清算条項の合意がされている。
本件借入金についてのみ財産分与の清算の対象外であったものとは認めるに足りる的確な証拠はなく,また,実質的にも本件不動産は原告の単独所有となることからすれば,本件借入金についても,債務者を従前のままとして,清算がされたというべきである。
以上によれば,離婚により,本件借入金における債務につき,原告と被告が各自50%の割合による負担を負うこととなったとの原告の主張は,独自の見解であって,採用できない。」
このように、当該事案においては、清算条項が付せられており、連帯保証人が何らかの義務を負うと解することはできないとされています。
その上で、同判決は、「なお,実質的にも,本件調停条項により本件不動産は原告の単独所有となったのであって,本件不動産購入のための本件借入金返済債務の負担は原告が負うと考えることが合理的であって,他方,持分を有しなくなった被告に本件借入金の債務を負担させるべき合理的理由があるとはいい難い。」としています。
つまり、特段の取り決めがない場合、不動産を取得した主債務者は、全額ローンの返済をすべきだと解されるとしたのです。
主債務者が不動産を取得するというメリットを有することとのバランス上、合理的な判断と思われます。
他方、主債務者が不動産を取得しない場合どうなるかについては積み残しの部分もあり、今後も争いが生じうると考えられます。
8 算定表を上回る婚姻費用の精算と財産分与(離婚)
現在、養育費や婚姻費用について、裁判所はほぼ裁判所作成の養育費婚姻費用算定表に従った計算を行います。
しかし、現実には、それを多少上回る額の婚姻費用が支払われることもあります。
そこで、そのような場合、過剰分をどのように考えるか問題となります。
この点、過剰分を財産分与で精算すべきとの主張がなされた事案について、大阪高裁平成21年9月4日決定は、以下のような判断を示しています。
「ところで,別居中の夫婦の婚姻費用分担については,その資産,収入その他一切の事情を考慮して定められるものであり(民法760条),当事者が婚姻費用の分担額に関する処分を求める申立てをした場合(家事審判法9条1項乙類3号)には,調停による合意をするか,審判をすることになる(同法26条1項)。したがって,当事者が自発的に,あるいは合意に基づいて婚姻費用分担をしている場合に,その額が当事者双方の収入や生活状況にかんがみて,著しく相当性を欠くような場合であれば格別,そうでない場合には,当事者が自発的に,あるいは合意に基づいて送金した額が,審判をする際の基準として有用ないわゆる標準的算定方式(判例タイムズ1111号285頁以下)に基づいて算定した額を上回るからといって,超過分を財産分与の前渡しとして評価することは相当ではない。」
このように、婚姻費用が算定表に従った額に比べ著しく過大であればともかく、そうでなければ財産分与で精算する必要はないとしました。
東京地裁令和4年4月21日判決も、以下のとおり、婚姻費用が具体的に定められる前については、相当な額を超える婚姻費用が支払われても、不当利得とはならない、ただし具体的に決められた後で決められた金額を超えて支払われた金額については不当利得となると判断しています。
「夫婦間の婚姻費用の分担額については、当事者間での協議ないし調停により具体的な金額が定まって、はじめて、一方が他方に具体的な請求権を有することになるのであり、それ以前の婚姻費用については、それぞれが支出した費用がそのまま婚姻費用として夫婦生活に必要な支出に充てられるというべきであるから、それ以前にそれぞれから支出し負担された費用については、それを一方が負担し、他方がそれによって利得を得ることについて法律上の原因が認められ、その後の協議ないし調停によってこれが覆ることはないものと解すべきである。」
「原告と被告との間では、平成25年9月25日に、別紙調停条項記載のとおりの本件調停が成立しており、それ以前にされた引き落とし等(平成25年8月3日にされた原告から被告に対する現金5万円の交付を含む)については、法律上の原因がないとはいえず、不当利得は認められない。」
必ずしも裁判所がこのような考えで統一されているわけでもないとは思われますが、現実に婚姻費用の差額分が財産分与で精算される事例はほとんどないように考えられます。
9 未払い婚姻費用と財産分与での精算
婚姻費用は、調停などにより請求をしたときから発生するというのが一般的な考え方です。
しかし、この考え方を突き詰めると、調停などにより請求をする以前については、婚姻費用を払うべき者が婚姻費用を払わないまま利得することになりかねません。
この点、東京地裁平成9年6月24日判決は、以下のとおり述べて、未払い婚姻費用を財産分与において精算すべきとしました。
「婚姻関係が破綻した後においても、婚姻費用分担請求権は認められるものであるから、離婚に際しての財産分与において、未払婚姻費用を考慮することは可能である。春子は、婚姻破綻について主たる責任がある有責配偶者とは認められないから、未払婚姻費用を考慮することに何ら支障はない。但し、婚姻費用分担は、本来は婚姻関係を継続することを前提としたものであるから、婚姻関係が破綻して離婚訴訟が係属している場合には、その金額の算定に当たっては考慮が必要である。」
具体的には、以下のとおり計算しています。
「未払額は一一六八万円となる。ところで・・・本来の婚姻費用未払額は、右金額より多額になる。しかし、もともと婚姻費用分担は、婚姻関係を継続することを前提としたものであり、破綻した夫婦関係においても全額を認めるのは相当でないから、右金額の限度で考慮するのが相当である。」
このように未払い婚姻費用の一部を考慮することを明らかにした上で、清算的財産分与として妻が取得すべきものに未払い婚姻費用分を加算するなどして財産分与額を算定しています。
様々な事情で婚姻費用の請求ができなかった、あるいは遅れたという場合には、財産分与における精算も検討してみてください。
なお、逆に婚姻費用の払い過ぎについても財産分与で考慮される可能性があります。参照:婚姻費用の払い過ぎが財産分与で考慮されるとした判例
10 年金と財産分与
1 年金と財産分与
現在、離婚時年金分割制度がありますので、厚生年金等については財産分与の対象ではなく、年金分割をすることができます。
しかし、確定拠出年金については年金分割の対象ではないので、財産分与の対象となりえます。
2 企業年金・確定拠出年金と財産分与
ただし、企業年金、確定拠出年金については将来の受取額も判然としないことが多く、財産分与の対象とならない場合もあります。
目次
定年15年前の時点で確定拠出年金が財産分与の対象とならないとした裁判例
支払い期間が定まっている企業年金について中間利息控除をした額を財産分与の対象とした裁判例
定年15年前の時点で確定拠出年金が財産分与の対象とならないとした裁判例
名古屋高裁平成21年5月28日判決は、「確定拠出年金は、いずれも夫が六〇歳で定年退職する際になって現実化する財産であると考えられるところ、夫は口頭弁論終結時四四歳で、定年までに一五年以上あることを考慮すると、上記退職金・年金の受給の確実性は必ずしも明確でなく、またこれらの本件別居時の価額を算出することもかなり困難である。したがって、本件では、上記退職金及び確定拠出年金については、直接清算的財産分与の対象とはせず、扶養的財産分与の要素としてこれを斟酌するのが相当である。」として、定年15年前の時点においては確定拠出年金は清算的財産分与の対象とはならないとしています。ただし、一般論としては、確定拠出年金が財産分与の対象となることは認めています。
支払い期間が定まっている企業年金について中間利息控除をした額を財産分与の対象とした裁判例
東京地裁平成14年10月21日判決は、退職後のケースですが、支払期間が定まっている企業年金について、中間利息控除をした額を分与対象としました。
厚生年金基金の年金等を扶養的財産分与の対象とした裁判例
横浜地裁相模原支部平成11年7月30日判決は、定年退職後のケースで、「扶養的財産分与として、今後被告の受領する年金(退職年金は除く。)の内前記原告受領額との差額の四割相当額について被告から原告に支払わせることが相当であるから、原告死亡まで月額一六万円を支払わせることとする。」とし、夫が老齢厚生年金、乙山電器厚生年金基金の基本年金及び加算年金、乙山電器福祉年金を受給していたケースで、夫婦の年金差額の4割分与を命じています。
確定拠出年金・企業年金の財産分与についてのまとめ
このように、確定拠出年金・企業年金については、
ⅰ 年金支給まで間がある場合には清算的財産分与の対象とならないことがありうる
ⅱ 分与する場合には支給総額に中間利息控除をして分与対象とするか、扶養的財産分与として定期的に支給額の一定割合を分与させる
という解決がありえます。その他、少しの金額だけ分与対象として上乗せさせるということもありえます。
かなり解決方法に多様性があり、一様には定めがたい状況となっています。
11 財産分与を求める手続き
財産分与の期間制限
財産分与は離婚から2年以内に請求しなければなりません。
なお、令和6年に改正され、令和8年に施行されることが見込まれる改正民法では、この期間制限は5年とされます。
財産分与を求める手続き全般
財産分与を求める手続きとしては、交渉、調停、審判、離婚訴訟があります。
交渉で解決しない、あるいは解決しそうもないのであれば離婚調停や財産分与調停を起こし、そこで財産分与について話し合います。
財産分与調停で解決しない場合、審判に移行します。
離婚調停で解決しない場合、離婚訴訟を起こし、その中で財産分与について解決することになります。
離婚訴訟で財産分与を求める手続き
財産分与は相手の財産がわからないと、適正な分与額はわかりません。
この点、離婚訴訟で財産分与を求める時、「〇円を払え」というように金額まで特定する必要はなく、相当額の財産分与を求める等の記載をすれば足ります。判例:財産分与請求で金額の特定はいらないとした判例
離婚訴訟の附帯申立として財産分与が申し立てられた場合、離婚訴訟が終了すると財産分与についてもその手続きでは審理できなくなります。参照:離婚本訴が終了した場合と附帯申立の財産分与の手続きについての判例
離婚訴訟で控訴した場合と財産分与
離婚訴訟をしていて、当初は財産分与を請求していなくても、家裁段階あるいは高裁段階で、相手方の同意なく、財産分与審判を附帯請求として申し立てることができます。参照:相手方の同意なく財産分与の附帯請求ができるとした裁判例。
離婚訴訟で勝訴した当事者が附帯控訴という形で高裁段階で財産分与を申し立てることもできます。参照:高裁において附帯控訴で財産分与を認めた判例
離婚訴訟の判決に対し、財産分与についてだけ不服申し立てすることも許されます。参照:財産分与についてだけ不服申し立てできるとした判例
離婚訴訟で控訴した場合、家裁の財産分与についての判断が控訴した側にとって不利に変更されることもあります。参照:財産分与には不利益変更原則が適用されないとした判例
財産分与審判の手続き
財産分与の審判において、Xが財産分与を請求していたものの、逆に相手方であるYが請求でき、Xには権利がないという場合、YからXへの財産分与請求が認められる可能性があるので(広島高裁令和4年1月28日決定)、注意が必要です。
当事者が財産分与を求める財産について裁判所が財産分与の裁判をしないことは許されません。参照:当事者が財産分与を求める財産については裁判所は財産分与の裁判をすべきとする判例
財産分与の審判においては、不動産からの他方当事者の立ち退きを請求することも可能です。参照:財産分与審判で他方当事者の不動産からの立ち退きを命ずることができるとした判例
財産分与の手続きで財産について明らかにさせるために
以上の財産分与について定める裁判所の手続きの中で、裁判所は当事者双方に対し財産状況を明らかにするよう指揮してきました。
それでも当事者が財産についての資料を出さず、適切な分与に支障をきたす事例が散見されます。
当事者が財産について明らかにしない場合には、これまでは分かっているきっかけをもとに嘱託などの手続きを使い調査をする、ある程度推計を行うなどの方法で対処してきました。
令和6年改正で、令和8年に施行が見込まれる人事訴訟法、家事法では、裁判所の手続きにおける財産開示の手続きが規定されました。
この規定により、裁判所は、必要があるときは、当事者に対し、財産の状況に関する情報を開示するよう命じることができることになりました。
この開示命令に正当な理由なく従わない当事者は、10万円以下の過料に処せられうることになります。
また、命令に従わなかった当事者については財産分与について、推計などにより不利な判断を受ける可能性が高まったと言えるでしょう。
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